鳥羽城

九鬼嘉隆居城,県指定史跡


構造:平山城・海城
公式HP: 鳥羽市文化財
年代:1594~1871年  
主な城主: 九鬼嘉隆,内藤忠重
所在地: 三重県鳥羽市鳥羽3丁目1−1
訪問日:2011年4月
駐車場情報:駐車場あり(無料)

遺構満足度:★ ロマンどきどき度:★★  犬連れ快適度:★★★★★


伊勢湾

水運という観点から見れば鳥羽は伊勢湾を囲む中京の中心に位置します。
EOS5D Mark II + EF70-200mm f/2.8 L USM


鳥羽城本丸跡

16世紀末,志摩半島の海賊組織に一人のヒーローが現れました。
EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


水軍大名九鬼嘉隆です。
EOS5D Mark II + EF70-200mm f/2.8 L USM


嘉隆は秀吉の麾下でその天才を思う存分発揮しました。
EOS5D Mark II + EF70-200mm f/2.8 L USM


九鬼水軍が戦った相手とは無敵の毛利水軍や朝鮮の英雄李舜臣軍,しかもそれらを圧倒したというのですから驚きます。 豊臣軍の兵站,輸送を担ったという面からもその功績は計り知れません。
EOS5D Mark II + EF70-200mm f/2.8 L USM


その彼が関が原で西軍についたのは,黒田如水(東軍)や真田昌幸(西軍)のように天下に野心があってのことではありません。地理的に大坂方に参陣せざるを得なかっただけでしょう。
EOS5D Mark II + EF70-200mm f/2.8 L USM


会津に従軍したまま東軍についた息子守隆とは東西に分かれました。これはどちらが勝っても九鬼水軍が生き残るための嘉隆の作戦だったとも言われています。伊勢湾での戦いは嘉隆軍が圧勝しますが,関が原で西軍本隊が敗れると嘉隆は鳥羽城を捨てて答志島に蟄居します。
EOS 5D Mark II + EF28-70㎜ f/2.8L USM


鳥羽城にはめぼしい遺構はありません。そうこうするうちに日が暮れて来ました。ひと浦南の相差(おうさつ)に宿を予約してあります。
EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


相差の漁師民宿

伊勢湾で獲れた魚を腹が割れるほど食べさせてくれます。実は鳥羽城跡探訪は従で,こちらが主だったりします(笑)


翌朝,鳥羽港から船に乗って答志島に渡ります。デッキなら大型犬も載せてくれるフェリーです。


答志島和具港
EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


九鬼嘉隆が最期の地を訪ねてみようと思いました。


九鬼嘉隆墓所(胴塚)

EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


東軍について活躍した息子守隆は家康に嘉隆の助命を嘆願し許されます。しかし家臣の豊田五郎右衛門が独断で嘉隆に切腹を促したため,嘉隆は和具の洞仙庵(どうせんあん)で自害して果てます。享年59歳,家康が助命を許したという報が届く直前のことでした。
EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


築上(つかげ)山頂より

嘉隆の首は家康の実検ののち答志島に戻り,守隆によって鳥羽湾を一望する島の築上山頂に葬られました。
EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


九鬼嘉隆首塚
EOS5D Mark II + EF28-70mm f/2.8 L USM


島の頂の首塚…それは,16世紀の伊勢海を駆けた海鬼の墓標です。
EOS5D Mark II + EF70-200mm f/2.8 L USM

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