名胡桃城

真田昌幸築城,小田原征伐のきっかけ 群馬県指定史跡


構造:山城
公式HP: 公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団
年代:1579~1590年  
主な城主: 鈴木重則(真田昌幸)
所在地: 群馬県利根郡みなかみ町下津
訪問日:2007年11月
駐車場情報:駐車場あり(無料)

遺構満足度:★ ロマンどきどき度:★★★★  犬連れ快適度:★★★★★


三国街道

峠の手前に湯宿,猿ヶ京,法師と名湯がひしめいていて,湯めぐりに凝っていた頃は秋に冬によくこの道を行ったものです。犬を飼うようになってからはめっきり温泉宿に泊まることが減っていましたが,この日は久しぶりに猿ヶ京で骨休めしようということになりました。
EOS20D + EF70-200mm f/4 L USM


名胡桃城本丸跡

宿に入る前に犬とたっぷり遊んでやらねばなりません。沼田インターを流出し、国道17号を西に向かって、ちょうど,利根川を越えたところに,人っ子ひとりいないかっこうの広場があります。
EOS20D + EF70-200mm f/4 L USM


武田信玄は,1579年当時たいへんな山奥だったこの地に城を築き上州北条領進出の前線基地としました。実際に作戦と築城に当たったのは武田の家臣だった小県の領主真田昌幸です。昌幸はこの名胡桃城を足掛かりに沼田城を手中にしたのです。
EOS20D + EF70-200mm f/4 L USM


それから10年近く,後北条と真田によるつばぜり合いの舞台となりました。
EOS20D + EF17-40mm f/4 L USM


結局この争いは,1589(天正17)年、豊臣秀吉の調停で,沼田城を含む利根沼田の3分の2は後北条領,利根川を境に3分の1は真田領と決しました。名胡桃城は真田氏に帰属したのです。
EOS20D + EF17-40mm f/4 L USM


「タロー,そーれ,走れー!!」

調停に従うふりをしながら北条氏直は裏で沼田城代猪俣邦憲に命じ,城代鈴木重則の家臣を調略して名胡桃城の奪取に成功します。世に言う名胡桃城事件です。氏直は従来の争奪戦の続きのつもりだったのでしょう,天下の情勢,秀吉の力を完全に読み誤っていたとしか言いようがありません。
EOS20D + EF17-40mm f/4 L USM


城跡より沼田方面を臨む

刀狩りや海賊鎮圧令と同じく,天下静謐を望まれる天皇の勅令という大義名分で関白秀吉が発令した惣無事令(大名の私闘を禁じる)…名胡桃城事件はそれを公然と破った形となり,秀吉に後北条攻めの格好の理由を与えてしまいました。

秀吉が発した豊臣軍は実に21万,戦国時代の終焉を告げる北条征伐は,この小さな山城の事件を発端に始まったのです。
EOS20D + EF17-40mm f/4 L USM


さて,犬の運動…もとい城跡探訪を終えて,今夜の宿へ。

チェックインしてからもう2度目の散歩です。ほとんど湯宿に泊まっている意味がありません。
EOS20D + EF17-40mm f/4 L USM

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