shu,スリラーを踊る

Dec, 2010

「まいこーが最高な・の・さ。」

サヤカが言うのである。昨秋,MJの映画を見てきた帰りに教室に寄って興奮気味のときであった。

「shuもだまされたと思って聞いてみなさいったら。」

逆である。年代から言って,ボクが彼女に教えるのが筋である。女子高生にマイケルジャクソンを薦められるとは,およそロック音楽に対するボクの興味の薄さが窺える。

さて,それから2ヶ月ほどだった年末30日のこと。冬期講習も前半のヤマを越え,その日は6時過ぎに家路につくことができた。ボクたち夫婦にとっては年に一度あるかないかのアフター6というヤツである。馴染みの酒屋で吟醸酒を選んで帰宅し,北海道の友人から送られてきたとっておきのホタテを解凍した。盃を合わせ,テレビの録画リストを見ると,NHKが秋に流したマイケルジャクソンの追悼番組が目にとまった。いつか暇なときにでも見ようと思って録画したまま,ほったらかしてあったものだ。

「どうだい,ひとつ今夜はMJナイトと洒落ようじゃないか。」
「いいわよ,サヤカがあんなに薦めるんだし。」

ようやく父を寝かしつけた母もおせちの下拵えをしながら脇に座る。およそロックンロールの似合わないお茶の間にまいこーの歌声が流れ出した。その追悼番組は初心者には誠にありがたい構成で,歌とともに時系列でマイケルジャクソンの足跡を紹介してくれた。圧巻は彼の名を決定的なものにした「スリラー」と「BAD」というプロモーションビデオをノーカットで見られたことだ。なるほど彼は超人であった。愛犬タローまでが床に侍って画面に見入っている(あるいはこんな雰囲気のとき,たまにありつけるごちそうのおこぼれを期待してのことかもしれないが)。

マイケルジャクソンと言えば,遊園地のようなばかばかしい巨大邸宅を作ったとか子どもを監禁したとかいう醜聞しか知らなかったボクはずいぶんと感心してしまった。鍛え抜いた筋力とリズム感で重力から解放されている様は,優れたバレエの域をも超えている。それにも増して印象的だったのは,マイケルが幽霊を従えて踊るスリラーの有名なシーンだった。パロディやものまねこそ見たことがあったものの実物を見るのは初めてだった。手首を鎌のようにして虚空を掴もうとするようなその振付に,ボクは盆踊りを連想した。盆踊りの振付は幽霊の手振りで死者の霊を招いたことに由来すると聞いた。どうやら西洋の幽霊も同じように手首をひらひらさせて何かを掴もうとするらしい。MJのダンスには他にもきっと,そんな原初的な感性に訴えてくるものがあるのだろう。

ボクたち二人の酒宴は,まいこーのおかげで充実した。彼の音楽を理解できるところまでは到底行かないものの,サヤカたちの世代をも夢中にさせる才能の片鱗を知ることはできた。吟醸酒の酔いが強く回ってきて,テレビを消すと部屋は妙な静寂に包まれた。他愛ないCGに目を覆ったり悲鳴を上げたりしていた母もいつの間にかベッドに行ったようだった。

「明日も早いからそろそろお開きにしようや。」

家族が寝静まっていることもあったし,酔いも手伝って油断していたのであろう。ボクらは二人だけで生活している夏場と同じように,寝室で着ているものを脱いでから浴室に向かった。入浴前に用を足そうとすると,

「取っぴー!」

と言いながら脇をすり抜けたドレミに先を越された。その時である。突然,奥の寝室につながる引き戸ががらがらと開いて父が起きてきた。やはり小用らしく,ふらふらとトイレに向かって歩いて来るではないか。軽い認知症の上,寝ぼけ眼の父に

「実は今,全裸の嫁がトイレを使っているから暫しお待ちあれ。」

と説明すること能わず,とっさにバスタオルを腰に巻いたボクは酔っ払いのフリをしてスリラーを踊った。

「こーでぃすいっすりらぁー♪すりらーないっ♪」

ここしか歌詞を知らないのでえんえんとリフレインしながら右に左に手をかざす。さすがに驚いた父はあっけに取られて立ち止まり,それを呆然と見ている。なにごとかとタローまでが起きてきて観客となった。

「あ,それ,ほいほいっさ♪すりらー♪ちょいなちょんちょんと♪」

たじたじと遠巻きに目を丸くしている愛犬の言葉を借りるまでもない。その光景はまぎれもなく,世にも恐ろしいまさしくスリラーである。タイミングを計っていたドレミが素早く浴室に身を移しながら,こらえきれずに吹き出すのが聞こえた。醜態を晒す危機を,まさに身を盾にして救った夫に対する感謝の念が足りない。

まいこーよ,安らかに。世界中に感動を与えて逝った彼と半裸で踊っているボクとは確か2,3才しか違わないはずだ。

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