北風とトラノスケ

Feb, 2008

よーし,事務仕事が早く終わったー!トラノスケ!ナガ散歩行くぞー!!

「行ってらっしゃーい」

ドレミは事務の負担が大きいので,いつも授業ぎりぎりまでPCに向かっている.トラノスケとボクは赤になりそうな横断歩道にダッシュした.時間のあるときは公園を横切って,川原の遊歩道まで散歩に行く.広い川を渡ってくる風は冷たいので,寒い日の川岸は人もワンちゃんもいないときが多い.そんなときがボクとトラノスケの天国だ.リードを解いてボールフェッチを思い切りできる.

らっきー!だーれもいないぞー.そーれ!フェッチ!!

暖冬と言われて一度暖かくなったのに,ここ数日は冬に戻ったように寒い.きょうも午後から曇ってきて,遅い初雪が降るかもしれないという予報だった.

予想通り,どんより曇った川岸には全く人影がなかったので,調子に乗りすぎた.思いっきり投げたボールが思いっきりジャンプしたトラノスケの鼻にぽーんと当たって川に転がった.岸まで追いかけたトラノスケがじたばたと激しく足踏みをしている.

「トラノスケ!STOP!BACK!」

ボクが叫びながら走る間にトラノスケは岸辺の岩に飛び,首を水面につきだした.が,わずか数センチ.鼻息が届いたのか,ボールはついと流れだし岸を離れていった.トラノスケがバランスを崩して浅瀬に落ちたとき,ボクはその首に抱きついて止めた.

「トラノスケ!また買ってやる.おんなじの買ってやるから.」

トラノスケには大事なボールしか目に入っていない.ボクを振り切るようにコンクリートの護岸を川に沿って行ったり来たりしてボールを追おうとした.

きゅんきゅんきゅんきゅん…

足をじたばたさせながら泣き続けるトラノスケ.小さい頃からずっとあのボールで遊んできた.ボクは雪雲を映す鉛色の川面を見つめた.川面の雲の切れ間にドレミがあきれている顔が映る.

「ずぶ濡れで帰ったら叱られるだろうなぁ.」

川に入る決心をしてジーンズの裾をまくろうとしたそのとき,ボクとトラノスケのまわりの雑草がざわざわと動き強い北風が吹いてきた.見る間に凪いでいた川面がさざめきたち,ボールがわずかに岸に向かって進路を変えた.川辺にはボートの座礁を防ぐための杭が点々と立っている.とっさにボクは川下に走り,岩から杭に飛び移って,さらにロープにつかまりながら,もう一本沖の杭に飛んだ.伸ばした手のひらにトラノスケボールが入ってきた.

「トラノスケ!!やったぞ.」

振り返ると水面ぎりぎりの岩のところまでトラノスケも来ていた.ボクの感動は相当犬好きの人にも,子煩悩な人にもきっと理解できないだろう.

ボクは初めて「パパ」をした.

這うように岸にたどり着いたとき,対岸の菜の花が黄色く輝き,盛りになっていることに気づいた.

TOPへ戻る