台風の切れ間と仕事の切れ間がちょうど一致した10月のある日,ボクらは水上から車で1時間半ほどの,利根川水源の森に出かけた.そこは美しいブナの森で,折から真っ盛りの紅葉の中のんびりと過ごすことができた.これはその帰り道,関越道のサービスエリアでのできごとである.
「かるーく食べていこうか」
「そうだね」
ボクは軽くのつもりが,揚げたてのコロッケをのせているのを見て,つい「コロッケカレー」の食券を買ってしまった.ドレミのラーメンはすぐに呼ばれた.ボクもヨコからラーメンを食べる.外食のとき,ドレミはどうせ全部は食べられないので,いつも1/4くらいはボクが食べるのだ.
おしゃべりしながら,カレーのことを忘れかけた頃,
「73番でお待ちの方,いらっしゃいますか?」
と呼ばれた.
「いるに決まってんじゃん(^^ゞ」
にこにこ顔で言ったのに,人のよさそうなおばさんは飛び上がった.
「おーもり!おーもり!」
後ろで店長らしい若い男の人が鋭い小声で指示する(聞こえてるって^^;).上州なまりのおばさんはひきつった笑顔で
「お待たせしたでしょ.大盛り食べてくんなっしょ」(語尾推測)
と,言うが早いか,鋭いしゃもじさばきで皿にご飯を積み上げる.
ライスの柱ができた.
「いや,その,ボク,そんなに食べられないので,半分,いや1/4くらいに…」
おばさんは聞いちゃいない.福神漬けをどこに盛るか考慮中なのだ.大スプーン山盛りの福神漬けは柱の周囲をぐるりとうめた.ご飯に見合ったカレーが注がれる.
「みそ汁!みそ汁!」
またも無声音の店長の指示が走る.店の人たちは誰もが,15分近く待たせた挙句に忘れてしまっていた客の顔を恐れて見ようとしない.だからボクが全く腹を立てていないことに気づかないのだ.なんとかサービスで切り抜けようとしている.
「みそ汁も飲んでくなんしょ」(語尾推測)
お玉で,がらがらと寸胴をかき混ぜ,具だけを掬いあげたような一杯を椀に注ぐ.究極の具沢山みそ汁に雪のようにネギが盛られた.
「いやあ,かえってすみませんねぇ.」
ボクは大げさに頭をかきながら,「『待たされたけど,特別サービスに満足してますよ.もう十分です.』と伝える作戦」に切り替えた.が,その努力はむなしかった.
「あらあ,コロッケカレーだったー!」
おばさんがその事実に気づいてしまったのだ.
「いやあ,もうコロッケはいいっす♪」
固辞のことばは,スナックコーナーにすっとんでいくおばさんの背中に届いていない.スナックコーナーでは担当の人が,本来は皿に載せるはずのコロッケを,単品の紙トレーに包んでスタンバイしている.それを,さらにナプキンでていねいに包みながら戻ってくるおばさんの後ろから,特製ソースを持ったスナック担当さんが追いかけてくる.
一部始終を見ていたお客さんたちの同情の視線を一身に浴びながら,ボクは少しでも傾けると大惨事になりそうなトレーをそろそろと捧げ持って席に戻った.そしてスプーンをとって超大盛りカレーに挑んだが,福神漬けと表面のカレーを食べたところで根性が尽きた.白いライスの柱がまるまる残った.ドレミがそれをこっそり下膳口に運び,ボクはコロッケの包みを懐に隠してこそこそと店を出た.
練馬インター付近で少々渋滞して,東京に帰る頃には,揚げたてコロッケは冷たくしぼんでいた.