Aug.2015
8. カウプの夜
ホテルに帰ると,出かけるときには誰もいなかったレストランが客で満席になっていた。こんなに泊り客がいるはずはないので,他のホテルの客や地元の人たちだろう。
お運びの女の子をつかまえて,ボクたちもここで食事をしたいと言うと,奥から亭主が飛んできて,泊り客のためにリザーブしてあるらしきテーブルに案内してくれた。
「おいしい♪赤わい~ん♪白わい~ん♪」
陽気な亭主は日本人客用の切り札的日本語でアピールしながらメニューを持ってきた。その様子に「注文で手間取るのも大歓迎ですよ。」という外国人に対する配慮が感じられる。
だが,店は満席,かなりのオヤジ連中はできあがっちゃってる。ここで大忙しの亭主に面倒をかけてしまっては気配り日本人の名がすたる。オーダーをてきぱきした上で「急がなくてもいいよ」と,江戸っ子らしい粋を見せたいところだ。
ボクは一文字も読めないちんぷんかんぷんのメニューを閉じて,ドレミにメモ帳を出すように言った。
これがボクらの必殺技である。あとは,絵を指さしながら,ドレミがガイドブックのドイツ語で,「地ビール」「地物のワイン」「シュニッツェル」「サラダ」「おすすめの一品」と補足するだけである。
注文は1分で終わった。
来たー♪夢にまで見ていた瞬間(笑)
隣席には前後して,初老の二組の夫婦が来店した。もう,間違いなく地元のブドウ農家か酪農家で,何かのお祝いなのか,仕事を終えておめかしし,友だち夫婦とレストランに来た感じである。最初は少し警戒していた二人のご婦人方がボクたちのオーダーの様子を見て大受けしている。
サラダにはソテーした鳥のムネ肉がびっちりのっていたが,想定内である。そして,おお♪ハーブは薄木口切りの青ネギではないか。
シュニッツェル(トンカツ)にはこの地方,もしくはこの店独特のマッシュルームソース。そしてやっぱり刻みネギが散らしてある。
今回の旅行で分かったのだが,どうやらソーセージやへリングと違って,シュニッツェルはドイツ全国区の料理のようである。そればかりか30年前になるが,旧ユーゴスラビア(現在のボスニアヘルツェゴビナ)の海沿いのレストランでも,ハンガリーとオーストリアの国境にあるショプロンという町でもこのトンカツを食べたことがある。ウィーンやベルリンの子牛肉のカツレツも含めると,西ヨーロッパ全国区なのかもしれない。赤身の肉をビール瓶でとんとんと薄く延ばしてから揚げるところが日本のトンカツとは少し違う。
ボクたちは注文した料理を両方味わうために,よく料理やグラスをそのままに席替えする。すると,隣の席のご婦人方はもう手を叩いて受けていた。もちろん,ボクはソツなく笑顔を振りまき,行進しながら席替えするくらいのサービスはしている。
亭主が地図を持ってドレミのところにやって来た。地ワインの説明…もしくは自慢をするためだ。
カウプの裏山の畑の葡萄から作った赤ワインと対岸産の白ワイン。
そしてこれがライン川沿いのおすすめ郷土料理である。仔牛肉の赤ワイン煮。ジャガイモのふかしたものとすりおろしたものを半量ずつのだんごにしてオーブンに入れたものが付け合わせてある。この旅行記を最後までご覧くださる予定の方は,この料理,後半に再登場をするのでどうぞご記憶いただければ幸いである
途中,亭主が「二人別々に食べるのか?」と,聞きに来たので,てっきり二人前の注文になってしまったのかと思っていたら,これが一人前を二皿に分けてくれたものらしい。勘定書きもやっぱり一人前だった。
さらに添えられていたほぼコンポートに近いアップルソースの使い方がわからなかったが,聞くまでもなかった。ずっと楽しそうにボクたちを見ていた隣のご婦人方が寄り添うようにして教えてくれた。ワインソースの上にどっさり載せて,牛肉と一緒にほおばるのである。
ボクは身振りも絵も上手である。でも,カタコトでもいいから,このご婦人方と話すだけのドイツ語を勉強したいと真剣に思った。「ダンケシェーン」だけではどうしても伝わらないものがある。
明るい亭主と楽しい隣席の客のおかげで,充実の晩餐になった。町の灯を撮りに出ようとしたが,午後9時前でも外は明るい。
電車を撮りながら日没を待つことにした。急行や貨物は左岸を走り,右岸は各駅停車専用の線路らしい。確かに電車はみな小さなカウプ駅に停車する。各駅にしてはスピードが速くて,なかなか思い通りの構図に撮れない。
ドレミが退屈し始めたので,川沿いに出てみた。向こう岸にも盛んに電車が行き来している。ラインはとうとうと流れ,波音ひとつしない。
Time travel in the night
ボクたちが乗ってきたハシケが係留されている。
観光用の保存地区ではない。ドレミの覗いているのはフィットネスクラブだし,スーパーから家路を急ぐ母子連れともすれ違う。
宿に帰る空に残照が明るい。時刻はすでに午後10時である。