Aug.2015
9. ローレライ
朝,ライン川沿いの町には霧がたちこめていた。妻を起こさないよう,スマホでそっと窓から外を写す。ゆうべ火災報知器が10分ほども鳴り続いたために深夜に目覚めてしまって寝不足のはずだ。ボクはサイレンが鳴ったのは知っていたが,泥のようにこんこんと寝続けていた。
あまりにも疲れていて起きられなかったのだ。結局,火事ではなかったらしい。
宿と棟続きのこの塔は何だろう(笑)
とりあえず,ずいぶんと古そうだ。…ふわあぁ,もう少し寝ようかな。
妻が目覚めた。
瞬く間にシャワーや身支度が終わった。
荷物がビシバシと仕分けされ,車に運ばれていく。いちばん大きなトランク以外はすべてドレミが運び下ろした。
朝食とお弁当
朝食の用意されたレストランに行った。
ボクの個人的好みだが,パンとバターとハムはドイツが世界一おいしい。あるいは,コクはあるのにさっぱりした感じが日本人に合うのかもしれない。
温泉旅館の朝ごはんと同じで,もしお腹がたくさんあったなら,無限に食べ続けたいところだが,悲しいかな最近とみにキャパシティが減ってきた。
隣の席は,やはり車で旅行中のドイツ人夫婦である。その奥さんがパンやハムをお弁当に包み始めた。
ボクたちは激しく動揺した。ボクたちもやろうか迷ったのだ。理性が勝って一度は思い留まった。
「でも…」
ドレミが気づいた。バイキング形式になっているホテルなら,お弁当の分まで持ってきてしまうのはマナー違反だろう。だが,ここはハムもチーズも予めテーブルに配られている。ボクたちが残せば処分されるだけだ。もしかしたら,包んで持ち帰る方が正しいのではないだろうか。
果たして,隣の奥さんがお弁当を包む紙をカウンターに取りに行った。満面の笑みでドレミが後ろについていった。
ボクたちのお弁当完成。
しかし旅先でのお弁当は諸刃のつるぎである。お弁当を作ったと言うことは,どんな美味しそうなランチを見つけてもそれは食べられないことを意味する。
チェックアウト
「とてもいい時間を過ごすことができました」
…というガイドブックの例文をドレミが棒読みしている。 亭主がそれをニコニコ聞いている。言葉が通じたかどうかは微妙だが心は伝わった。
オペルコルサのイグニッションを回す。軽快にエンジンが吹き上がる。
8月5日朝…2日+7時間前には徹夜仕事を終えて羽田に向かっていた。昨日一日,あまりにいろいろなことがあったので,出発の朝が遠い昔のように感じる。
今日はまず「ローレライ」に行ってみようと思う。昨日,峠の村で,偶然曲がった道…山羊と遊んだあの丘の道の行き先が「ローレライ」だったからだ。そこに何があるのかはわからない。ガイドブックも日本人が車で行くことは想定していないので,ライン下りの船からローレライの岩が見えるとしか書かれていない。
魔女の棲む岩
行く手には霧がたちこめ,魔女の岩を訪ねるにはうってつけの朝である。
霧の中から突然,「ローレライ駐車場」という看板が現れた。
あっけらかんと霧が晴れてきた。見渡す限りの広い駐車場だった。遠くに観光客の姿が見えたので,ドレミが猛ダッシュして聞きに行った。
英語が一語も通じない。仮に通じたとしても,
「どっちに,どこまで,どれくらい歩いたら,何があるのか。」
…という質問に答えるのは難しかろう。それでも根気よく,また観光客を見つけると,同じ質問をしに走っていく。おそらくは,ローレライ伝説のある岩山の上からライン川を見下ろせる場所があると思われるのだが,いったいここからどれくらいの距離にあるのか見当もつかない。欧米の人は,たとえ近くまで車で行けても,平気で1時間くらい歩くのを楽しんだりする。それも悪くはないが,ここは旅程全体を考えて,「爆弾を抱えているシュウの腰を温存したい」と,妻は考えているのだ。
すると,開館前のビジターセンターから人が出てきて,こちらに向かって英語で叫んだ。
「あの建物の向こうの階段を下りて行けばいいのよー!!」
この国,いやヨーロッパでは極めて異例のことである。時間外にはスイッチの切れた機械のように何もしない。それがこちらの公的機関の職員である。よほど,ドレミの様子を見るに見かねたのだろう。
なーんだ。階段まで来れば大看板が上がっている。とりあえず,20分で何か(たぶん展望台)があるわけだ。
ボクと違って,ドレミはこういうにぎやかな雰囲気がきらいではない。
途中に立っているこの看板に騙されて横道に入ると,高級カフェのテラスに誘導され,引っ返すことになる。それを知っているということは,とりもなおさずボクらも騙されたクチだということである。
若干,いやな予感がする。ここはボクの最も苦手とする有名大観光地,団体客いっぱい処ではないだろうか。
整備された山頂付近には,予想通り駐車場があって,車でもアクセスできるようになっていた。幸い,まだ時間が早いので,観光バスはついていないし,カフェもお土産屋さんも開いていない。
ローレライの岩に立った。
ファインダーを覗いているときは気づかなかったが,ボクの足先10cmで,柵もないまま断崖絶壁だった。気づいて足がすくんだ。
ドレミが張り切って「ライン川撮るんだからぼーえん付けてよ。」…と,言うので,X-E1にXF55-200を装着して来た。
年季の入ってきた5D2が壊れたときの用心に,サブ機としての役割も考えて,X-E1をドレミに使わせていたが,結局55-200を使ったのはこのとき一回限り,18-55は出る幕がなかった。
教養のある外国人旅行者(第4話参照)は名所の岩の上で魔女ポーズはしない。
古城も岩の上にある。その急峻な斜面に農地や道が棚田のようについている。注目すべきはこれらの平地が岩を削って作られていることだ。…畏れ入った。
川岸に船着き場が見える。そろそろ下りてあそこに行ってみよう。駐車場に観光バスが入ってきた。陽気な中国語も聞こえてきた。
船着き場に面した教会の並びにおしゃれなクリーム色の建物があるので,看板を見ると市庁舎だった。ローレライが市かどうかは分からない。村役場といったところだろうか。
ラインは今朝も静かに穏やかにとうとうと流れている。
嵐になるとこの川が暴れるとは信じられないが,かつては船が流れに引き込まれ暗礁に激突する事故が絶えなかったらしい。魔女の伝説はそこから生まれた。
ハイネがその伝説を詩に著し,ジルヒャーという作曲家によって有名なローレライの歌が作られた。
だが,ハイネの詩は,
「何がそうさせるのかはわからないけれど…」
…と,いう平易なドイツ語で書かれた散文であるらしい。
「なじかは知らねど,心侘びて…」
日本人の心に染みるこの歌詞は訳者近藤朔風(さくふう)の詩情によるものだ。出石の人で35歳で早逝している。
うるわしおとめのいわおに立ちて
こがねの櫛とり髪のみだれを梳きつつくちずさぶ歌の声の
くすしき魔力(ちから)に魂(たま)もまよう
小学校の音楽で習った。言葉の意味はほとんど分からなかったが,子ども心に美しい韻文にしびれ,まだ見ぬライン川の風景に憧れた。
市公認?公式ローレライ像
ライン下りの船からも見られる観光客用の銅像があるらしいが,ボクは船着き場の広場で,もっと由緒ありげな木彫の像を発見した。何しろ市庁舎前である。
さて,れでぃーすあんどじぇんとるめーん!!
市庁舎公認(たぶん)麗しローレライの姿をお見せしましょう!!
じゃーん!!
あれ?ちょっとちがうかな。
あ,上は日向ぼっこしているおじさんの像かな。
魔女さまは下の方にいらっしゃるようだ。
ちゃちゃーん♪
ほら,こがねの櫛に乱れ髪…ちょっと乱れ過ぎているが(笑)
…心の中にある美しい風景の場所を実際に訪ねるのも良かれ悪しかれである。
真夏だが日本の初夏のような陽気である。ライン川沿いのドライブが続く。
眠くならないのは車の平均速度が高いためだが,美しい風景があれば停まる。珍しい建物があれば停まる。
スピードが速くてもなかなか前に進まない。
↓同じブドウ畑にて,ドレミの作品
逆光にして古城ホテルの看板を隠す(笑)
対岸に美しい集落が見える。大曲(ボッパルト)の街並みであろう。ここでライン川は180度急激に進路を変え,しばらくしてまた徐々に北に向かう。
マルクスブルク城が見えてきた。