Aug, 1999

 

八ヶ岳の稜線上を北上して夏沢峠を越えると,根石岳の南の鞍部は細かい溶岩の原に一面コマクサが群生している.山梨側と長野側を隔てる屏風のような八ヶ岳の,そこだけが切れ目のように風と霧が東西にいつも吹き抜けていく.この幻想的な風の通り道を,ボクは勝手に「風の鞍」と名付けた.

決して広くはないその原の中央に「展望風呂」という看板があり,西に50メートルほどルートを外れた霧の中で屋根に石をたくさん載せてへばりついているのが「根石山荘」だった.訪いをいれると,20代前半の女の子がネパールの煙草をくわえながら

「すぐに風呂が沸きます.」

と応対に出た.

「去年,土砂降りに遭ったときに親切にしてくれた硫黄岳山荘の人に紹介されて来ました.」

ここを訪ねたいきさつを話すと,女の子は「自分も同じ人に去年助けられ,その人にあこがれて山に入り,とうとう小屋番になってしまった」という.

 

「いっしょに仕事ができると思っていたら,その人は体調を崩して入れ違いに引退しちゃったんです.」

笑いながらまた珍しいネパールの煙草に火を点けた.異国の土の匂いがするその煙草は,きっと引退した山男の嗜好だったのではないかと想像しながらボクは彼女の孤独を思った.

稜線の駒草

稜線上なのに風呂がたてられるほど水がこんこんと湧いて樋を流れている.湯上りにそのおいしい水をひしゃくで3杯も飲んでから,少しさかりを過ぎたコマクサの群生の前に腰を下ろした.風と霧が心地よい.横で髪を梳いていたドレミが

「少し肌寒い.」

と言って小屋に帰っていくのと入れ違いに,空飛ぶお兄さんがつっかけで出てきて会釈した.

「いい湯でしたね.」

空飛ぶお兄さんというのは,ボクらのすぐあとにチェックインした大阪の若いサラリーマンで,今朝,蓼科山に車で入って,根石まで半日で歩いて来たと言う.ボクらなら2日はかかる距離だから,ドレミが思わず真顔で

「空が飛べるんですか?」

と,聞いたことから空飛ぶお兄さんと呼ぶことになった.

その彼が,にっこり会釈しながら,つっかけのまま華奢な体でひょいひょいと根石岳に登って行く.100mほどの斜面だが急勾配だ.同じ斜面を下りてきた妙に姿勢のいいお年寄りは,日暮れまでに夏沢峠まで行く,といってひとり飄々と行き過ぎる.こちらの心配を見越したのか20mくらい登ってから振り返ってこう言った.

「大丈夫.夏沢山荘に予約してあるから.」

返事を待たずに颯爽と去っていく.

 

小屋で退屈したドレミに呼ばれて立ち上がる頃,今度は四人連れの客がにぎやかに根石岳を下ってきた.にぎやかと感じたのは,実は一人,年配のおじさんがしきりに地形や植生を説明しているからで,三人の若い男女はただ肯いているだけだった.おじさんの解説は植物,地学,地理の多岐にわたって,間違いばかりで,おまけに方位も勘違いしているらしい.

 

こっそり苦笑していたボクの方にまっすぐ歩いて来て

「小屋から日の出が見られますね.」

うれしそうに話しかけてきた.根石山荘はルートよりだいぶ西に下っているので,それはちょっとムリな相談だったが,おじさんのメンツをつぶしてはいけないと思ったので,さりげなく小屋と反対方向の空を指差して答えた.

「小屋からはムリですが,ここのルートまで戻ってくればきれいでしょう.」

若者の一人はヨーロッパ人らしい女性で,おじさんの後ろからニコニコ笑顔を向けている.どうやらおじさんの解説に慣れているらしい.

四人の後ろに続いて小屋の戸口まで歩いてから振り仰ぐと,根石山頂はもう霧で見えない.つっかけで出かけたお兄さんはまだ帰らないが,空を飛べるくらいなのだから心配することはないだろう.

ブロッケン現象

小屋の夕食を囲んだ泊り客は十人だった.ボクたちが2度目の登山で「ブロッケン現象」に遭ったことが話題をさらった.件のおじさんだけでなく,空飛ぶお兄さんも,夕方帰ってきたベテランの小屋番も感心していたので本当に珍しいことらしい.

すし詰めの赤岳の小屋とちがって根石山荘の夜は静かだ.トイレに立つとき床の軋みすら響き渡る.その音に目覚めてしまったドレミを連れて稜線に出てみた.午前2時過ぎ.下弦の月が天頂近くで輝き,灯りがないのにとても明るい.一面のコマクサが青白く色味を失っていなければ昼と感ちがいしそうなほどだった.はるか下方にちらちらと茅野らしい街灯りが見えた.

 

 

まるですべてが夢のようだった.

戻る