Jan, 2004

と母が言う.ボクはドキリとする.母は最近よく自分の死について口にするので,なぜだかそれと「去りがたい」が重なってしまったのだ.ボクが手すりにもたれて煙草に火を点けたのを見ると,また夕映えする男体山にカメラを向け始めた.さっきまで足をひねったとか肘をうったとか言ってたのはどうなったのだろうか.男体山の頂上ががまぶしいほど明るく光っている.

「お義母さんのように,ある朝ぽっくりと死にたい.誰にも迷惑がかからないから.」

母がそんなことを言うとき,ボクは必ず不機嫌そうに

「くだらないことを言うなよ.」

と答える.どんなことにでも必ず終わりがあるのは仕方ないけど,子どもの頃はそうは思えずにずいぶんと思い悩んだものだ.

中善寺湖まで下りたところで,小鹿の群れと例の悪名高いサルたちに遭遇したが,今度はどちらもボクが発見したのでセーフティに停まることができた.もちろん母は狂喜していたけれど,サルの方は動きが早くてうまく撮れなかったらしい.

何度か薄暮の中に人影を見ては

「あー!!さるー!(と,ここでブレーキを促すために肩を掴む)…じゃなかった.」

と,叫んでいたが,高速に乗るとばたりと寝息を立てはじめた.

ボクは来世でも母の子どもに生まれようと決めているけれど,そういえばまだ母の了解はもらっていない.

雪模様の平日は首都高速にも渋滞がなく,いろは坂を下りてから新宿まで2時間弱しかかからなかった.家ではドレミが特製ビーフシチューを作って待っていた.お土産を開いた彼女が,件の「日光名物乾燥ゆば」の袋の裏をそっと示しながらボクに目くばせしてきた.Made in Chinaと書いてある.母にはナイショだ.

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