三方を海に囲まれた函館の町はどこにいても潮の香りがする。高田屋の旧跡を訪ねる間,その香しさにそわそわが止まらなかったタローは,立待岬の駐車場に着くなり,ぐいぐいとリードをひっぱって崖を下りて行った。たどり着いた岩場でさっそく遊び出す。
「こんなとこあったんだー。」
立待岬を真下から眺める観光客もめったにいないだろう。
と,目を離した隙に興の乗ったタローはざぶざぶと潮溜に入ってしまった。
「潮を落とさないと。」
とドレミが心配する。
「まだ,ポリタンクに水入れてないぞ。」
「水道借りられないかしら」
ちょうど管理人が来ているのを下りる前に見ていた。駐車場に戻ると管理人の方から声をかけてくれた。家でボーダーコリーを飼っているそうだ。ホースを借り,タローを洗う。
ボクたちを気に入ってくれた様子で,「コーヒーをいれるから飲んで行け」と言う。が,管理小屋の流しやコンロはふだん使っていないらしく,結局カップやティースプーンを洗ったり,お湯を沸かしたりしたのはドレミだった。
そのコーヒーをすすりながら今度は自分の車から大きなビニール袋を持ってきた。中から黒い乾物を出してすすめる。かじると微妙な味がした。
「うまいだろ。」
「ええ,とっても」
少し惜しそうに逡巡していた管理人が,ドレミの笑顔を見て思い切ったように袋を差し出した。
「持ってけ。ワカメのめかぶだ。」
崖下の磯で春からこつこつと拾い集めて干したそうだ。「大切なものだから半分だけいただきます」と,申し出たが聞いてくれない。この冬はずっと立待産ワカメの湯豆腐を食べることになるだろう。
「写真を送りますね」
住所や携帯番号を交換して別れた頃には,日がずいぶんと高くなっていた。一時間近くも立待岬のトイレの前で過ごしたことになる。
これも旅の味わいだ。