08/白い恐怖(2)

Aug, 2009

砂川の町で美しい花火が上がっているのが道央道から見えた。後日,道の駅で偶然,砂川からゴールデンを連れた旅行者に出会ったが,その夫婦によれば,砂川の蛾の被害は美唄を凌ぐそうだ。居酒屋などが並ぶ繁華街は9時に消灯を義務付けられている。

「まるで戦時中の灯火管制ですね。」
「冗談ではなく爆撃機よりも被害が大きいかもしれません。」

違いない。お盆とは言え,居酒屋が9時に灯りを消していては商売にならない。経済的なダメージも相当なものだろう。産卵期にも関わらず有効な駆除対策はまだないらしい。

旭川の道の駅にも美唄の100分の1ほどだがマイマイ蛾が襲っていた。100分の1でも十分に恐ろしい数だ。2年前には1匹も見なかった。マイマ イ蛾の大発生はその地域で3年くらい続き,少しずつ場所を移動していく。すでに津軽海峡を越えて本土にも上陸し,今夏は岩手県でも大きな被害を出している らしい。どうしてこれが全国ニュースにならないのか理解に苦しむ。もはや市町村で対処できるレベルをはるかに超えている。

ボクたちが函館を昼過ぎに出て,ひたすら旭川を目指して来たわけは,道の駅が町の中にあって歩いて食事に行けるからだ。周りは公民館やファミリーレストランなので,車泊しても近所迷惑にならない。まこと犬連れの旅にはありがたいロケーションなのである。

道の駅を挟んでびっくりドンキーとビクトリアという二つのハンバーグレストランが隣接している。もちろんボクの狙いは北海道限定ビクトリアの俵ハンバーグに生ビールである。が,ここでドレミを残して偵察に出たボクはマイマイ蛾の法則を発見した。

その1/彩度の高い赤や青には集まりやすい。
その2/昼光色より蛍光色の光を好む。

ドンキーは木製の看板に昼光色のライト,ビクトリアは真っ赤な看板に蛍光色だった。

車に戻って相談したが,ドレミの決意は固い。ドンキーは東京でも食べられる。北海道に来たらビクトリアよ。ボクと彼女は手をつなぎ,全速力でマイマイ蛾の包囲網を突破した。

慣れているのか窓に張りつく蛾に他のテーブルの客は無頓着だが,ボクは大きなクロスのカーテンを下ろしてようやくほっとした。メニューとお冷が運ばれて来た。戦いは終わった。二人ともそう思った。その時だった。

ボクはドレミのサマードレスの左肩に大きなマイマイ蛾がとまっているのを発見した。ただならぬ様子にドレミもそれに気付いて凍りついた。あまりの恐怖に声もない。

ボクだ。ボクがやるしかない。

ここまで行動の選択肢が少ないと迷うことはないものだ。ボクはナプキンを2枚重ねて,気合い一合,蛾をくるんでつかみ,床に叩きつけた。

「にゃろめ!にゃろめ!」

思わず叫びながら踏んづけた。まさか自分がにゃろめをやるとは夢にも思わなかった。M奈くらいの可愛らしいウエイトレスが飛んできて,こともなげ にそれを拾い上げ,「失礼しました」と笑顔を残して去った。ここでは女子高生でも平気のようだが,慣れていないドレミは震えが止まらない。

残念ながら楽しみにしていた俵ハンバーグも砂をかむような味になってしまった。


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