60/函館

Aug, 2009

松前半島を一周するように西側の海岸を江差まで走り,国道227号で函館に入った。

赤レンガ倉庫に着いたのは午後3時過ぎ,ここで早い夕飯を食べ,亀田町の銭湯に入ってから,フェリー埠頭に行く予定だ。それまで一時間半ほど時間がある。ドレミがお土産屋さんを回る間,ボクにはしなければならないことがあった。

元町の電車通りにある緑色の洋館。2年前,そのスケッチに失敗した。思えば今のスランプはあのときに始まった気がするのだ。彩色に入ってからミスに気づき,坂の角度を修正しようとあがいた時の感触を今でも思い出す。同じ構図でリベンジしなければ,その呪縛から逃れることができない気がして,この旅行中,手を慣らしながら準備してきた。

←元町…どちらも2007年の写真から↑

同じ場所に座ってみると,なるほど難しい。勾配の違う二つの坂道が交差し,交差点はほぼ水平に整地されている。それを基坂通の上から見下ろすので,目線の高さは二階の床くらいになろうか。建物を描くには最悪の構図だ。いくら正確に描いても報われない。これは2年前に選んだ位置が悪い。

だが,もちろんボクは同じ場所にイーゼルを立てた。作品としての良し悪しは度返ししている。

正味わずか40分,意地の戦いが始まった。今度失敗したら立ち直れないかもしれないというプレッシャーから,腕が縮んで線がすくむ。元町公園から真っ直ぐに下った場所なので,歩道を行き交う観光客も多い。調子のよいときには全く気にならない見物人の視線が今は怖い。こんな場所で写生すれば,いつも2,3人のギャラリーを背負っている。だが,今日はタローのおかげで助かった。誰もが下手な絵描きのスケッチよりも,その横でおとなしく待つ犬に興味を示してくれたからだ。

ほぼ,自分の力は出し切れた。もう少し周辺を描きこみたかったが,時間がないので,軽く着彩して終えることにした。野外スケッチでの着彩はフィクサチーフ代わりに鉛筆の線を固定させる効果もある。

タローを促しながら,基坂通を港に向かって急ぐとき,肩の荷が降りたような爽快感があった。

ドレミが手にいっぱい土産物の袋を下げて待っていた。ボクの表情から首尾を察したらしく,何も言わない。いつもの店の生ラム肉が,この日はいっそう旨かった。

銭湯にもノンビリ浸かったので,フェリーの列はびりになってしまった。

ボクたちが乗船すると,満員の船室にはもう人があふれていた。ボクとドレミは,両側に寝そべっている人たちの足に挟まれた中央部分に,50cmほどの隙間を見つけて,ぴったり抱き合ったまま寝返りもうたずに仮眠した。休まず深夜に東北道を走って,渋滞する前の午前中に都内に入りたかったからだ。

福島で夜が明けた。

散歩したタローが次に目を覚ましたとき,窓の外はビル街になっていた。

おしまい


目次へ