04/ボクたちが見たもの

Aug, 2007

あたりはとっぷりと暮れ,ボクは海岸線を少しスピードを上げて南下していました。宿泊予定していた海沿いの道の駅が閉鎖されていることがわかったからです。まだ,出来て間もない施設なのに何かあったのでしょうか。

最初に疑問を感じたのはこのときでした。道路は快適で行き交う車もありません。この日は旭川を夜明けに出発しての長旅だったのでいささか体も疲れ気味。早く寝られる場所を探そうとボクはアクセルを踏み込みました。タローを乗せるようになってからちょっとした急ブレーキや急ハンドルをも恐れ,およそ飛ばすことのないボクなのにふとメーターを見ると90キロ近く出ています。真っ直ぐなトンネルが続き対向車もないからです。新しいトンネルなのでしょう,ナビゲーションは地図上の自分の位置を見失って混乱しています。海岸に道の駅があったはずの場所もトンネルのまま過ぎました。巨大な岩盤を貫いているために空気がひんやりとしてきます。

「これはおかしい」

おかしすぎます。もう15分ほども行き交う車に会っていません。それなのに恐ろしく立派なトンネルが延々と続いているのです。首都高速を走っているような錯覚に落ちます。いったい何のための道路なのでしょう。もちろん地方の道路を整備することは大事なことには違いないけれど,これはちょっと異常と言わざるを得ません。この道の後ろには小さな村と港,そして神々の住む岬しかないのですから。


トンネルを抜けるたびに行く手の海岸にちらちらとまばゆい光が密集しているのが見えます。ボクはほとんど,ある確信を持ちながら,ナビを行く手にスクロールしました。

北海道後志支庁泊村

…やっぱりな

「え?何が?」


泊が近いんだよ。

北海道に渡ってからテレビやラジオのニュースはほとんどこの村の事件を報じていました。北電泊原発で建設中の3号機周辺でぼや騒ぎが連日続いているのです。原発反対派の威力妨害か単なるいたずらなのか。推進派が反対派を陥れるために放火しているという憶測まで飛ぶ中,北電の責任者が毎日のようにテレビで頭を下げ安全性をアピールしていました。

札幌の摩天楼がふと目に浮かびました。電力会社が原発建設地に選んだ地盤の堅牢な海岸。小さな漁村に突然,道と北電から巨額のカネが降って来て人々を狂わせてしまったことは想像に難くありません。泊村はもちろん周辺自治体にも協力金として大金がばらまかれ,住民の反対がねじ伏せられるのです。

途方もない金の使い道は,地方では結局土木工事とハコモノしかありません。防災とか福祉とか大義名分のついた公共工事に札幌や東京からゼネコンが群がり金を吸い上げていったはずです。巨大な岩盤を貫くこの道路もその一つでしょう。金の亡者が外から集まって,役人は利権を争い,推進派,反対派に分かれた村はいがみ合って人々の心は荒んでしまったことでしょう。そこに起こった放火騒ぎはさらに対立を決定的にしているに違いありません。


トンネルの冷気までが緊迫して禍々しい電気を帯びているように感じます。髪の毛が逆立ち神経はざらついて,リンパがちりちりと痛み出しました。

「まーた,シュウは大げさなんだから。わたし,お腹すいたー♪」

ドレミが笑います。


「お前がドンカンなんだよ!大気に怒りが満ちているのを感じないのか?オームの怒りだよ。ナウシカだよ。そうだ!ヒトより敏感な動物なら感じているはずだ。」

思わず二人揃って後部座席を振り向くと,愛犬は仰向けにだらしなくよだれををたらして爆睡しています。

「ほらね♪」

ありゃりゃ!

どうやら張りつめた空気はボクの自己暗示だったようです。やがて車は最新鋭の軍事施設のような原発の横を通過して泊村に入りました。

異様です。

海岸段丘に挟まれた小さな集落に無数の街灯が設置されていて村中が明るく輝いています。漁村の夜は早いので人っ子一人見えず走る車もありません。遠くから闇にまばゆく浮かんで見えたのはこの街灯の灯りだったのです。原発によってもたらされる巨大なエネルギーを誇示する目的なのでしょうか。ひっそりと黙した家屋の一軒一軒から漏れる灯りは昔と変わらないけれど,暮らす人びとは,ただの村人から原発推進派住民と反対派住民とに変わってしまったことでしょう。

都会で暮らす自分たちの生活に思いを巡らせます。豊かな都会の暮らしはこんな小さな村の犠牲で成り立っています。北電がバックアップする札幌の高層ビル群も,開発が進めば東京と同じく巨大なエネルギーを消費するようになるでしょう。


積丹半島の西の付け根にあたる港町に入りました。泊村に比べれば人口も戸数も数十倍ありますが,町は倹しく闇にとけて旅人に安らぎを与えてくれます。

この周辺では交通や経済の中心になっている町ですから,港付近の商店街にはコンビニや居酒屋が営業していて人通りも少し残っていました。フェリー待ちの駐車場を兼ねる道の駅には20台ほどの車泊らしい車が止まっています。ボクたちも車を止めてコンビニで遅い夕食を買い広場のベンチで缶ビールを開けました。


車に戻るときほろ酔いの耳に,かすかな海なりが聞こえた気がして原発のある半島の方角に耳を澄ませました。もしかしたら積丹に宿るアイヌの神さまが洩らすため息を聞いたのかも知れません。

積丹の神さまもきっと驚いていることでしょう。

目次へ