「永代橋の桜がもう5分咲きだったよ.」
何気なくかけた電話の向こうで弟が言いました.ボクはほぼ毎昼,永代橋を西から東に渡りますが,深川に住む弟は,朝それを逆に渡って八丁堀にあるオフィスに通勤しています.この季節になると,深川界隈のあちこちで同じような会話が交わされていることでしょう.永代橋のたもとに植えられた早咲きの大寒桜は江戸に春を告げます.
◆おるい桜◆
ボクと妻のドレミは,さっそく暖かな日を選んで,新川にあるコインパーキングに車を停め,歩いて桜を見に寄ることにしました.
鍛冶橋通りを横断して永代橋の西詰にでると,
「咲いてる咲いてるー」
ゆうべ,帰り道に確かめたときは7分くらいだったのが,今朝からの陽気で一気に9分通り開花しています.小説「御宿かわせみ」に出てくる宿がちょうど現在のこの辺りと思われることから,主人公の名をとって,「おるい桜」とボクが名付けている大寒桜ですが,午後になるとすっかりビルの日陰になってしまっています.
ふと,対岸を見ると,陽射しを浴びて東詰の桜が輝いています.ボクたちは誘われるように永代橋を渡っていきました.
永代橋は長さ185.2m,幅も5車線の両側に広い歩道がついていて,たもとで道路を横断することができません.そのせいか,大寒桜は1本だけだと思っている人がけっこういます.実際には両岸に計3本あります.実はボクも去年までは西詰の「おるい桜」だけだと思っていました.昼は車線を争うように渡ってゆくので東詰の桜には目がいきません.夜,帰るときはちょうど「おるい桜」を巻くように左折するので,ほの白く光る夜桜をいつも楽しんでいたからです.
弟によれば,いちばんポピュラーなのは佐賀町の交番脇に立っている大木で,タクシーの運転手さんから聞いた話では,もともと四辺に植えたものが一本だけつかなかったのだそうです.
ボクたちは南東側の公園でしばしお花見です.ボクがレンズ交換などしながら夢中で写真を撮っている間,ドレミは地面に散っている花弁を集めています.
再び永代橋を西に戻ります.今度は車で渡り,佐賀町を抜けて出勤です.
◆ドレミの収穫◆
職場に着くと,ドレミが大事そうに運んできた花びらをコップに浮かべてカウンターに飾りました.2日の間に7~8人の生徒がそれに気づきました.その生徒たちは,あわれ,ボクから永代橋と深川の歴史について,長々と解説を受けることとなりました.
中にひとり,
「あ,知ってる.きのうお父さんと自転車で見に行ったよ.」
と,答えた小学生がいました. 江戸の春を待ち焦がれる気持ちはみないっしょのようです.