Apr, 2007

20年も放浪の旅を趣味にしていると,宿をとったり,買い物したり,銭湯をさがしたりして,馴染みになってくる町がある.そうなると,またいっそう近くに行くたびになんとなく旧友に会うように立ち寄るようになる.東京生まれのボクたちにはふるさとというものがないからなおさらなのかもしれない.函館,金浦,会津若松,尾道,松江,高知,長崎,本渡など,もともと何の縁もないのに,町の地理にやたら詳しい.

四万十川の河口にあたる中村市もそんな馴染みのひとつで,今回が何度目になるのか記憶が重なってわからないほどだ.その中村という地名が,夜,国道を走っているとき,ナビには表示されているのに標識には出てこない.新しく買った地図にも見当たらない.休憩した駐車帯で見上げた道路標識が新しくペンキで塗り替えられているのを見てようやく事情がわかった.町村合併でこの春から,四万十市になってしまっていたのだ.

合理化というより,補助金がらみの匂いがする合併ブーム,旅人にはなんともなんともさびしいかぎりだ.この旅行記を書くために検索してみたら,鳥海山の近くにある金浦町も消えていた.また,伊豆半島にはしょっちゅうドライブに行くので,町や村の名前は全部そらんじているほど詳しいが,最近の地図を見るとかえって迷子になりそうだ.伊豆の国市,伊豆市,東伊豆町,西伊豆町,南伊豆町…旅情のかけらもない.せめて行政区と地名は分けられないものだろうか.県庁所在地級の市でもうかうかしていられない.浦和,与野,大宮などという歴史の古い地名も今は標識にない.みんな「さいたま市」だ.東京でも保谷や田無という地名を地図から消した「西東京市」なんて日本語的に間違ってないか.

 

などとボヤきつつ,やってきました足摺半島.ようやく桜が咲きそろってきている.なぜか東京より1週間は遅い.


 

名前は四万十市になっても,中村の町並みは変わらない.勝手知ったる路地を曲がって,中村城址「為松公園」に登ってみたら,桜がちょうど満開.朝とはいえ,お花見広場も貸切状態である.


初めてこの町を訪ねたのはいつ頃だったろう.あてどもなく走り,キレイな砂浜を見つけては泳ぎ,日が暮れるとスポーツクーペのバケットシートに身を縮めて眠った.月日は流れたけれど,愛犬を連れた長旅も,あの頃と大差ない.宿は相変わらず車の中だ.

 

「あの海岸に行ってみようか.」

花見に満足したボクたちは足摺岬まで足を延ばし,いつか夏の日に泳いだ海岸に立ち寄って愛犬を遊ばせた.


 

よみがえる若き日の思い出.


 

中村に戻って町外れで散歩する.


 

ドレミは洗濯.


 

洗濯機が回っている間,近くに「トンボ公園」というのがあったので行ってみる.

 

 

旅の空に夕日が沈む.あしたはきっと晴れるだろう.

コインランドリーに戻り,乾燥機を回している間に今度は銭湯に行った.その名も「中村温泉」!!

「前に車停めてもいいですか?」
「ああ,かまわんかまわん.」

体を洗い終えて,湯につかろうとすると,ぎょえー!!湯が熱い!女湯からはドレミが水で景気よくうめている音がするが,男湯には先客がひとり浴槽の脇にあぐらをかいてもくもくと体を洗っている.仕方ないのでそのまま足を入れてみた.

「つっつぅ,ぅわっつー!」

「はっはっは.そのホースでうめんね.」

「あ^^;そうさせてもらいます.これ温泉ってホントですか?」

先客が顔の前で手をふりながら笑う.

「なーんも.名前だけ名前だけ.」

名前だけでも旅人にはうれしい.四万十市になっても中村温泉.この次また来るときにも元気で営業しててほしいな.

いつもなら休養も兼ねてそろそろ安宿でもとるタイミングだが,駐車場に犬を置いてホテルの部屋に寝ても落ち着かない気がする.迷っていたらコインランドリーに戻る途中で格好の寝場所を見つけた.四万十川沿いの河川敷にきれいなトイレのある公園ができていてあたりに民家はない.芝生にはサイクリングの旅をしているらしい先客がテントをはっている.繁華街まで少し歩くけど,これで今夜は豪華に居酒屋に行こう.

繁華街にある居酒屋の黒板に「あおさのてんぷら」というメニューがあった.それに惹かれて,引き戸を開けると,とても明るい雰囲気だった.テーブルもあいていたが,カウンター席にすわって,地物の刺身と地酒を注文した.

 

ゴリの煮付け


コの字型になっているカウンター席の角で,ちょうど90度回った隣席には女の人が一人でかなりできあがっていた.常連らしく女将さんとしきりに会話している.ときどき女将さんが気を遣ってボクたちにも話しかけてくれるときに,互いに会釈など交わしていた彼女が急に

「ねえ,こちらの東京から来た若いカップルにお酒差し上げて.」

「え?」

ドラマなんかではよく見るシーンだけど,ボクたちは初めての経験だった.

 

あおさのてんぷら


もう2本目で少々オーバー気味だったボクたちの前に冷酒のビンが追加された.

「すみません.いただきます.」

「どうぞ.若いのにゴリやアオサを注文するのを見てて気に入ったのよ.」

(たぶん,ボクの方が年上だと思うけれど…^^;)

 

四万十のりの味噌汁


女性と女将に,ボクたちがこのへんが好きでよく中村にも来る話など始める.

続けて土佐清水港の魚屋さんで「はまちください♪」と言って店主に叱られた定番のネタ.

 

四万十川海老の唐揚げ


目と目で合図して,ドレミはすっと席を立ち,ボクが話をつないでいる間に夜の町を走って車まで往復した.

「これ,つまらないものですが,お酒のお礼です.」

旅の途中で訪ねた友人へのお土産と同じお菓子が車に積んであった.東京を出るとき,ひとつ余分に買っておいたのが役立った.

女将さんは,

「まだ,ちょっと早いから固いけど…」

と,言いながら,メニューにはない筍の煮物を小鉢にしてボクたちにふるまってくれた.為松公園の桜やあおさの調理方法で話は盛り上がり,また中村に楽しい思い出がひとつ増えた.

完全に大トラになって車に戻ったボクは,車に寝かせておいた愛犬タローを起こしておしっこに連れ出した.芝生に寝転ぶと,タローがじゃれつく.空は晴れて星が降るように広がっていた.

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