Apr.3rd, 2019

10.チャッツワースハウス



EOS 5D MarkⅢ + EF50mm f/1.2L USM


目を覚ますと枕元にエプロン姿のドレミが立っていた。

「今,夕べのパイ皿を洗ってたの。コーヒー淹れてるから起きてきて。」

と言いながら甲斐甲斐しく洗濯物を抱えて階下へ降りていく。



まだ家人の誰も起きていない。どうやってエプロンのありかや洗濯機の使い方が分かったのだろう。



みんなが起きてきた。パンにスコーン,ヨーグルト,おびただしい数のチーズにジャム,野菜,煮豆,フルーツ…ありとあらゆる英国の朝食が並ぶ。うふふふ。イアンの東京の朝にボクたちが和食を並べたのに似ている。



EOS 5D MarkⅢ + EF17-40mm f/4L USM


中でもボクがずっぽりハマったのがこれ。スコーンにたっぷり塗ってジャムと紅茶と食べるとたまらんたまらん(;^_^A



クロテッドクリームというらしい。もうパンにもクッキーにも何にでもつけまくり。


「シューイチさん!持って来たわよー」


一度叔母からこのヨーグルトプレッツェルをお土産にもらったとき,ボクはとてもとても美味しいとお礼を言った。それから来日するたび,便があるたび,日本へ行く知人があるたびにボクに届けられるこのお菓子。今回は英国経由で東京に持ち帰ったので地球を3/4周したことになる。



ボクはこの伯母が好きだ。大学卒業と同時に声楽家として渡米した。当時のこと,女性としては驚愕の大冒険である。アメリカ人と結婚してNYCに住み二男一女をもうけた。以来アメリカ人なので美しい昭和の古き良き日本語を話す。


…伯母さん,ボクたちも持って来たのです…とは言わない。ナイショなのである。実は彼女の喜寿のお祝いにウィノーナが考えたもの…。それがこれである。

EOS 5D MarkⅢ + Sigma15mm

ボクらが立て替えて日本で調達した。トランク一つが丸々この荷物になった。7月にNYCでウィノーナたち姉弟から彼女に贈られる予定だ。この夜,ボクは伯母にお祝いとウィノーナの企ての一部始終を手紙にしたためた。そしてボクたちからの民子三部作のDVDと一緒にウィノーナに託した。これを読んだ人は7月まではナイショにしておいてください。

I am writing this letter at Ian and Winona’s house at the night on April 4th. We stay at the third floor and you are at the second floor. Naomi was asked to get and bring Tora San DVDs secretally by Winona and Naomi got them. Naomi and Winona had fun with that mission. We celebrate your longevity, too and these three DVDs are presents for you from us. The same director as Tora San made these movies. One of these, ‘Harukanaru yama no yobigoe’ is my most favorite film. We wish you good health for many years to come.
Shu and Naomi


さて,

「Very British」

な朝食に戻ろう。ん?それ何?手作りスムージー。いや,ムリ。そんなに食べられない。。。



伯母譲りで料理好き,そしてボクのライバルでもあるウィノーナはイギリスの食べ物に否定的な見解を持っている(笑)「Very British」は彼女が英国料理を揶揄して使うことばである。



朝食中も真剣に話すウィノーナとイアン。ピンチヒッターの首尾,スコットランドの楽団のこと,そして今日の予定。



ボクが小耳に挟んだ会話の訳が正確ならば,この朝,イアンは早起きして20年物の愛車のどこかを工場に持ち込んで修理してもらってきた。ボクのレンタカーでは狭すぎて伯母が辛いということもあるが,出先のレストランでボクがビールを飲めるようにとの配慮もあったのだろう。



イアンのフォードはナビがついていない。代わりにウィノーナのiPhoneのナビをドレミが読み上げる。



ここはチャッツワースハウス,16世紀に建てられたカントリーハウス,つまり地方貴族の邸宅のひとつである。
最初はイングランド王の避暑や巡幸に利用されるために競って改築を重ね豪華絢爛の一途をたどった。



その威容はまた地方貴族の権威の象徴ともなっていったらしい。貴族の没落とともに荒廃したが,現在も2000棟近くが現存し,そのほとんどが財団法人によって観光用に維持されているようだ。



邸宅と広大な庭だけでなく,その周辺の山や牧草地も所有しているのでハイカーたちの人気スポットにもなっているらしい。こんな子も張り切って尻尾をふりふりハイキングに出かけて行った。


「チャッツワースハウスのオーナーはね。」

…とウィノーナがボクに話しかけてきた。まこと聡い従妹である。

「モダンアートが好きで歴史的建造物のあちこちに蒐集したアート作品を置いたのね。そこのところが私もどうかとは思うんだけど…。」

チャッツワースハウスには400年近い歴史を感じさせる建物や中庭には不釣り合いな…はっきり言うとありえないほど無粋で妙な彫刻やオブジェが点在している。ウィノーナはボクがそれを不快に思っているのを早くも敏感に察知したらしい。

そもそもここ自体ボクのために慎重に選ばれた場所だろう。NYCでもオクラホマでも案内してもらうときはいつも「 Nature or Histrical place 」とリクエストしていた。そして彼女はたいてい外した。今回は乾坤一擲名誉挽回を図ったと思われる。ところがテラスの真ん中に鎮座するこの馬を見ては言い訳せざるを得なかったのだろう。

X-E2 + XF27mmF2.8

ウィノーナの英語は100%分かる。ボクの英語力の範囲を注意深く選んで話してくれるからだ。


チャッツワースハウスのオーナー(正確には前オーナーだろうが)にはもうひとつ困った蒐集物がある。無類の犬好きだったようで歴代の愛犬のグッズとその記録,そして手あたりしだい買い集められた犬の絵や彫刻,それらが一部の古色蒼然たる広間や廊下を埋めていた。



カフェやお土産屋さんには犬専用のフローズンヨーグルトが売っていた。モダンアートで史跡を台無しにしている無粋で鼻持ちならないオーナーに少しばかりのシンパシーを禁じ得ないボクであった。



評判の高いのイングリッシュガーデンも少々時期が悪かった。花壇や植え込みは,新緑を待って枯葉を丁寧に刈り込んであるかあるいは一年草や球根を植えるためにきれいに耕されているばかりだった。ガーデニング魂はひしひしと伝わる。



唯一,花をつけて高い入場料を払った観光客を慰めている温室もボクたちには退屈だった。そこはカメリアジャポニカすなわち椿の園で,原産国たる日本にあるほとんどの品種が揃っていることを自慢にしている。ボクたちには退屈なわけである。



EOS 5D MarkⅢ + EF70-200mm f/2.8L USM


「シューイチさん!この水はどこに行くの?」

伯母はボクの日本語と理科知識に絶大な信頼を置いてくれている。毎週のように義母と国際電話でおしゃべりをしているのでおそらく義母の推薦だろう。些か過大評価で荷が重いが期待には応えねばならない。



「ここから暗渠して向こうの噴水や池につながっているみたいですね。暗渠…んー,It streams underground toword the pond. 」

とボクははるか下方の池を指さした。それだけのことで伯母に感心され,またポイントをかせいでしまった。



「へえー,あ,ホントホント。下に入って行くのが見れるわよ。」
「見られるです。」
「…見られるわよ。ほらっ」

伯母の美しい日本語を守るのもボクの役目である。



ウィノーナによるとどうやら暗渠は「culvert(カルバート)」と言うらしい。綴りはあとで調べた。

寒々として見るものの少ない庭園散歩は遠く離れて暮らすファミリーに恰好のおしゃべりタイムを提供した。



EOS 5D MarkⅢ + EF70-200mm f/2.8L USM

とくに伯母と義母は時間を惜しむかのように話し続けている。ときどき戦争中の歌を歌いだしたりする。隣組の歌はボクも聴いたことがあるが「防空壕の歌」に至っては全く初耳である。

空襲警報聞こえてきたら、みんな僕たち小さいから、大人の言うことよく聞いて、慌てないで、騒がないで、落ち着いて、入っていましょ、防空壕

原町田は軍需工場がなく空襲のターゲットからは外れていたので被害は少なかったらしい。それでも元歌手の伯母のソプラノが淡々と歌う戦時下の歌は生々しく民衆の受けた理不尽を伝える。


EOS 5D MarkⅢ + EF70-200mm f/2.8L USM

ドレミがニューヨークに留学しているとき,貧乏バイオリニストだったウィノーナはスラム地区のアパートに暮らしていた。ある日ドレミが訪ねているときに隣りの空き家から子猫の啼き声が聞こえた。ドレミとウィノーナは屋根を伝って壊れた窓から空き家に入り込み,屋根裏に捨てられていた子猫を助け出した。


黒猫はミミと名付けられてウィノーナの愛猫となった。ミミは遥かオクラホマからイギリスへと主人の供をして移り住み,一昨年タローと前後して空に旅立った。



よせばいいのに伯母は生垣でできた迷路に興味を示し,先頭を切って入って行った。これはふらふらになって生還した様子である。チャッツワースハウス,あなどれない。庭のほんの一角に巨大迷路がある。



チャッツワースハウスのエントランス。



こんな部屋がいくつもある。



ふう。



私見だがよほど西洋建築に興味がない限り,この手の館の中はヨーロッパで1個見物すれば十分である。



ボクにはもうシェーンブルンとノイシュバンシュタインの区別がつかない。



庭園を歩き,館の順路をすべて巡ったのに,ボクの腰の痛みは苦痛にうめくほどではない。それをいいことに果敢にもいちばん苦手なお土産売り場に歩を進めた。犬好きなハウスのオーナーに当てられてボクもタローにお土産を買いたくなったのである。



ボクが息子のために選んだ羊。手作業で作られるらしく目の位置で表情が違う。チャッツと名付けた。



お疲れさまの面々。



さてお待ちかね。ここがウィノーナ一押しのフィッシュ&チップス専門店。




EOS 5D MarkⅢ + EF50mm f/1.2L USM

言うまでもなく右はラムステーキである。フィッシュ&チップスとラムとソーセージしか選択肢がない。


EOS 5D MarkⅢ + EF17-40mm f4L USM


ウィスキーのコレクションには白州もあった。



これはデザート,5人で一皿をシェア。



遅い昼ごはんになったので,帰宅してからはウィノーナの作ったスープだけで軽く…と思いきやこのレンズ豆とトマトのスープ,がっつりとごちそうスープだった。



イギリスの野菜,リーク(ネギ)のドレッシング和え。



こちらはパースニップ(白ニンジン)

「Very British(とっても英国)!!」



カマンベールを融かしてチーズフォンデュ。

ボクはギネスとペンダリンレジェンドあっぱっぱーな夜が更ける。


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