会津鉄道
旧国鉄会津線を引き継ぎ,第三セクター方式の会津鉄道によって西若松駅から会津高原尾瀬口駅まで57.4km,21駅で運行されています。
運行:会津鉄道 撮影:あまや駅付近
公式HP:会津鉄道株式会社
撮影地:福島県会津若松市大戸町宮内
撮影日:2011年9月
お気に入りの会津西街道を南下すると,初秋のこととて南会津は一面実りの季節を迎えていた。国道に会津鉄道が平行していて,黄金色の田園を走る線路が美しい。
「ねえ,ここで電車待ったら?」
助手席の妻が言った。有名観光地を避けて旅するボクたちなので愉しみは自分たちで創る。最近のマイブームは,偶然出会ったローカル線を撮影することである。いわゆる撮り鉄と呼ばれる人たちと決定的に違うのは,車輌そのものに全く興味がないところである。
来る電車は何でもいい。楽しみは待ち時間である。駅に行って時刻表を確かめ,辺りをロケハンしてポイントを決める。通過時間が近づくと根拠の希薄な緊迫感は高まってくる。待つほどに,想像を遥かに凌駕して,めまいがするほどつまらない外観の電車が10秒弱で通り過ぎていく。
出来上がる写真は,ただ電車が走っているだけというどうにも恥ずかしい代物であるが,それはそれとしてけっこう楽しい。もっとも妻はこの倒錯した趣味の世界に理解は示すがさりとて興味はもちろんない。たいてい愛犬タローを連れて,辺りを散歩したり,椅子を持ち出して読書したりして過ごす。
ところでこの日,線路を見つけたのは生憎とお昼時のことで,次に食べ物屋さんがあったら和洋中を問わず入るつもりで走っていたときのことだった。狙った踏切を次の電車が通るまで小1時間はある。
「よし,急いで何か食べてこよう。」
「賛成」
というわけで,次の駅のある少し大きい町に急いだ。大きいと言っても駅の回りに50軒ほどの集落があるだけだ。
国道から駅に曲がる角に小綺麗なラーメン屋さんがあった。これならば条件は申し分なかったのだが,待っている客が店の外にまであふれていた。ぐるりと探して見たが近くには他に店はない。ドレミのトホホ顔こそ見ものだった。
「電車撮るのは諦めて,先に行こうか。蕎麦屋さんくらいあるよ。」
「いい,撮影終わってから来ましょ。あったかいラーメン,食べたくなったし。」
ドレミの気のかわらぬうちにポイントまで戻った。まだ40分近くある。ドレミは空腹を紛らわすために,猛然と車内の荷物整理や掃除を始めたが,そもそもが病的几帳面の彼女が積んだ荷物なので,整理する場所はない。すぐに終わってしまって,とことこ線路脇にまでやってきた。
そうして
「非常食,食べる?」
と,言いながら,ポッキーを差し出した。チョコレート中毒の妻はどんなときでも,必ずチョコ菓子を携えている。非常と言っても彼女の「非常」は食べ物がないときではない。チョコがないときである。非常食とはチョコが切れない用心なのだ。
「おなかすいたね。」
「うん。」
突如として踏切の警笛が鳴り出す。見る見る近づいた電車が轟音とともに走り去った。あたりに戻った静寂を破ったのはボクだった。
「しまったー!」
「え?!」
線路の右手に広がる金色の田んぼをフレーミングしようとしていたのが,電車の角度が想像と全く違っていた。…きわめてよくあることだが,今回はあまりにも外した。傷心のままあの駅前まで戻って驚いた。
件のラーメン屋を待っている客が少しも減っていなかった。…それどころか増えている。路上で待つ若いカップルが手の平を押し合って足が動いたら負けよという例のゲームをしている。それは今どき,とても好もしい風情だったが,問題はそのゲームをどれほど繰り返しているのかということだ。彼らが店に来たのは,小1時間前,ボクたちと入れ違いだったのだ。もはやこの店が駅前のラーメン屋としての責務を果していないことは明白である。そもそもラーメンを食べるために並んでいる人の気が知れない。1時間も平気で並ばせている店もどうかしている。
「あと15分で上り電車が来るんだけど…」
ドレミの目がまるで埴輪のように丸い点になった。
毒を喰らわば皿までも。空腹で呆然とする彼女を助手席に詰め込んで,田んぼの中の無人駅に行った。今度は望遠で国道から見下ろすように狙うことにした。
ファインダーの中にふらふらと線路沿いを歩くドレミが見える。頭の中は温かいラーメンのことでいっぱいだろう。
上り電車は前にも増して意外な色とイメージで現れたが,今度はなんとか作品になりそうだ。
時計の針は1時を回っていた。ドレミの目までが回って仕舞わぬよう急いで駅前に行った。ところが三たび訪れたラーメン店は,なんとまだ待っている客に取り囲まれていた。あの若いカップルも変わらずに押しあいゲームに興じている。
微笑ましいなあ…って,ふざけんなー!どこの世界に客を1時間半も外で待たせるラーメン屋があんだよー!あ,ここか(笑)どうせガイドブックだかラーメンマニアのサイトだかでオススメ三ツ星にでもなってるんだろう。頼まれたってこんなところで食べてやるもんか。
一般的には負け惜しみと呼ぶ捨て台詞をつぶやいて,ボクは車を走らせた。助手席の妻は気絶寸前である。
駅からほんの数百メートルのところに蕎麦屋があった。民家と見紛うほどに目立たない佇まいだったが暖簾がでているのをかろうじて見つけた。駐車場にも他に車はない。訪ないを入れると,愛想のいい女将さんが現れたが座敷に上がっても客はボクたちだけだった。
お昼をはるかに過ぎているので,むしろこの方がふつうかもしれない。大方の読者諸兄がご賢察の通り,ここで供された蕎麦がまことに旨かったというのが拙文の結末である。
もともと南会津は蕎麦の美味しい土地だが,この店の蕎麦はさらに格別だった。透明感のある蕎麦のまこと絶妙なコシの強さである。値段も良心的で,店内も清潔,厨房の主人は蕎麦へのこだわりをさりげなく見せていた。ドレミは珍しく顔中どんぶりにして,山菜ぶっかけ蕎麦の汁を啜っていた。
お腹がくちくなると,心にも余裕が出てくる。思えば駅前のラーメン屋に並んでいる人たちにとっては,並ぶこともまたレジャーなのだろう。客観的に見れば,せっかく来たのに名店の列に並ばず,踏切で電車を撮ってる方がよっぽど変わり者かも知れない。