OUR DAYS2008年2008/8/2

新聞を取りに行ったり、来客を案内したり、犬が仕事をする話はよく耳にする。中には、空き缶を回収して社会貢献する感心な犬もいるらしい。だが、訓練された盲導犬や介助犬でない限り、それらは仕事と言うよりは芸に近い。犬にとって、動機は飼い主が喜ぶことだし、行動は遊びの延長で、その境が明確でない。

我が家の愛犬タローも例に漏れず、いくつかこの種の仕事を持っている。もちろん、積極的に仕込んだわけではなく、特別に賢いわけでもない。偶然の行動を妻にほめられて、歓心を得るために繰り返すうちに学習したものだ。

ところが中に二つだけ、どう考えても例外的な、全き「仕事」としか呼べない行動がある。またぞろ親バカの自慢話かと言わずまあ聞いてもらいたい。

一つは先日も紹介した「シュウ、怒っちゃダメ攻撃」だ。正確に言うと、怒っているわけではないのだが、授業中にボクが大声を出すと、最初は一目散に隅っこに逃げていたのが、やがて尻尾を振りながら、涙目でむしゃぶりついてくるようになった。何かのきっかけで、緊迫した雰囲気を解くには、その方が効果的だと知ったのだろう。

当然、子どもたちもタローを頼りにし始める。「シュウ先の機嫌が悪そうだ。」と、予め休み時間に自分たちの教室へタローを引き入れたりする輩もでてくる。こうなると、タローも自然と、教室の空気をコントロールするのは自分の役目だと思い始める。最近では、ボクの声色のちょっとした変化を逃さす、寝そべったまま、ぴくりと頭をもたげるようになった。ときには、わざと教壇の前をゆっくり横切り、「むふむふ攻撃いっちゃうぞ」と言うかのような目で反対側に座り込む。ボクも子どもたちも、ふとそれにひっぱられて、緊張が和らぐ。すると、にっこり笑ってから「ふーん」とため息をはいて、また寝に入る。

かくして、是非は別として、授業にスパイスの役目を果たしていた「シュウ先のおっかない声」は激減した。これはどう見ても芸ではなくWORK(仕事)である。しかもコマンド(命令)なし。飼い主は別に喜ばない。その上、行動には遊び的な要素はなく、むしろ勇気を必要とする。異例の行動と言っていいのではないだろうか。

そして、もう一つ、今日初めてご紹介するのが、ほぼ毎朝の「シュウ起こして」である。妻のなおみは朝、ボクより30分くらい先にベッドを出る。シャンプーして、コーヒーを淹れながら、ブローしたり、サラダを作ったり忙しい。最初は冗談で言ったのだろう。

「タロー、シュウ起こして。」

どうやらそのときタローはなんとなく意味が分かったらしい。ハウスから立ち上がり、ベッドの脇まで歩いてきて、首をボクの方にいっぱい伸ばしながら、尻尾をぶんぶんやった。あるいは遊んでもらおうとしたのかもしれない。シーツに飛び散る鼻水やよだれに閉口したのもあるが、タローの尻尾が衣装タンスにバンバンと当たるものだから、骨折するのではないかと心配になり、ボクは起き上がった。偶然の出来事だったがなおみが大喜びしてタローをほめたので、刷り込みが起こったらしい。

以来、毎朝、「シュウ起こして。」の一言でタローはこの仕事をするようになった。ここまでなら、普通の「仕事」でしかないが、変わっているのは仕事を終えたあとのタローである。ボクが起きて「おはよう、タロー」と返事をすると、ぴたりと「むふむふ」も「ぶんぶん」もやめてしまう。ボクにじゃれつくこともなく、つれないほどにパッと踵を返してさっさと行ってしまう。かと言ってなおみに報告し、報酬(クッキー)を要求するわけでもない。真っ直ぐにハウスかクールボードに戻り、ふーんとため息を発してまた寝てしまうのだ。

どう見ても、「はい、朝の任務は終わったから、もうひと眠りさせてもらうよ。」的な表情なのである。この仕事の形態は、やはり珍しくないだろうか。ほかのレトリバーにもこんな行動が見られるのだろうか。とにかくして、なおみにとって、長年、朝の懸案事項だったシュウ起こしは解決した。

タローの「仕事」はボクたちの仕事や生活に少なからず影響を与えつつあるのだ。


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