OUR DAYS 2009年2009-12-19

醤油顔とか草食系のヤカラはいざ知らず。およそ戦後日本の家庭生活において,男子たるものの最低条件は以下の能力を有することであった。

すなわち,ヒューズを交換できる。水道のパッキンを交換できる。家庭用各種機械のメンテナンスができる。

ヒューズがスイッチになり,車や家電品は電子制御となった現在,男の真価を問われることもめっきり減った。ところが先日,それはいきなりボクの身にふりかかった。

給湯の配管工事が終わった数日後,流しの蛇口から水が漏れるようになったのだ。明らかにパッキンである。実はボクはパッキン交換をしたことがない。父がやたらに器用なので,長年その仕事は彼に任せっきりになっていたからだ。が,なおみの前では

「ああ,こりゃあ,パッキンだな。明日,買ってきて交換してやるよ。」

と,いとも簡単そうに見栄を張った。ここでクラシアンを呼ばれては,男の沽券にかかわるからだ。もちろん深夜にこっそり「パッキンの交換方法」を検索したのは言うまでもない。

翌日,DIYで水道関連の売り場に行くと,驚いたことにパッキンにはいろいろなサイズがあるではないか。棚を整理している店員は20代とおぼしき女性だった。ああ,この小娘に男の何たるかを教えてもらわねばならないのか。

「お忙しいところすみませんがお尋ねします。」
「はい?」

店員が屈託ない笑顔を向けた。ボクは男の誇りが崩れていく音を聞きながら言った。

「ふつうの流しの蛇口に使うパッキンはどれでしょうか。」

その夜,蛇口の分解を試みたが,パッキンを押さえている最後の部品がどうしても外れない。どうやら古すぎてはがれなくなっているようだ。男の意地を捨てて手に入れたパッキンもこれでは役に立たない。

数日後に今度は蛇口ごと買ってきて交換することにしたが,ボルトの方も,あちこち動かなくなっていて,ボクの道具では歯が立たない。悪戦苦闘の末に諦めて,いったん締め直した。元栓を開くと,ボルトの隙間から水が吹き出した。深夜である。風邪っぴきである。水びだしのキッチンで泣きそうになりながら,またまたあちこちのボルトを締めては,元栓を開いてみることを繰り返し,ようやく噴水を止めた。

翌週,水道工事をした業者さんに来てもらった。プロの手にかかってもボルトは容易に弛まず,結局,根元から取り外して,蛇口を交換したようだ。手間がかかったのに,部品代がないから,お代は要らないとサービスしてくれた。

が,「やっぱり素人のボクの手には負えないものでしたか?」の問いにはニヤリと笑うだけで答えてはくれなかった。だからボクの男の条件の方はグレーのままである。

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