OUR DAYS2010年2010/3/29

ボクたちが株式会社を設立したのは1991年、以来19年間で初めて税務署から任意税務調査がなるものが入った。ウチのような会社に調査に来るなんて、それこそ税金の無駄遣いだろうに。だって顧客は全て一般家庭だし、名簿は隠しようがないし、そもそも 売上なんてたかがしれている。

「甘い。甘いなぁ、イマムラさん。」

ディーラーから独立して中古車販売の会社を経営しているS宮さんが言う。

「今時、黒字の会社なんて狙われるに決まってるじゃないっすか。」

確かに黒字は黒字だが、それは自分たちの給料をギリギリに抑えてるからだし、学年の人数によって去年と今年は黒字、来年は赤字になることがほぼわかっているのだ。

保険の更新に来た不動産屋さんは言う。

「ま、良くて15万から20万円。私の知り合いなんか、こないだ会計担当社員の不正が発覚して、本人は何も知らなかったのに150万円の追徴を借金して払いましたよ。」

え、えー!

会計士によれば、通常は「オミヤゲ」と称して、いくばくかの追徴金を調査員の手柄とするのが慣例だそうだ。「オミヤゲ」と言われても、収支とも隠しようがないすっぽんぽんの明朗会計、その上、ウルトラ几帳面なおみが会計担当なのだから毎月帳簿は10円単位まできっちり合っている。会計士と3人掛かりでチェックしてみたが、唯一後ろめたい支出といえば中古で購入したEF28-70くらいである。それにしたって「ニューヨークの地下鉄で子どもたちの写真を撮るため」に買ったという堂々たる名目が立っている。

「まあ、当日はいちおうカメラと一緒に事務室に置いといて下さい。」

我が社の準備と対策は以上だった。いささか心もとなかったが他にすることがない。

そんなこんなで、さて当日。やって来たのはいかにも「零細企業を回って修行中」という感じの若い調査員だったが油断してはいけない。午前中はずっと柔らかな大阪なまりで「塾の調査は初めてなので色々教えてください。」なんて雑談に花を咲かせる。もちろん、それがさりげなく業務内容を聞き出す術であることは予め会計士に注意されている。事前に打ち合わせた通り、ボクは地域に根ざした教室のあり方について熱弁をふるった。

お昼休みになると、若い調査員はひとりで駅前のファミレスに出掛けて行った。経営者が接待できぬよう、昼食を共にすることは固く規則で禁じられている。午後に入ると、いよいよ帳簿や台帳のチェックが始まった。驚いたことに、調査員はなおみが自己流で作ったエクセルの収支表の読み方を数分で理解した。そして、ゆうちょ自動振替や元帳と照らし合わせながら、イレギュラーなお金の流れを次々と質問し始める。が、それも始めのうちだけだった。どの件に関しても、なおみの説明は明快で、追って行くと数字がぴたりと合っている。しかもその子どもについてすらすらと紹介する。個々の家族構成から勉強の様子、入試の結果、保護者の性格まで覚えている。ボクたちにとっては当たり前のことなのだが、調査員はかなり驚いた様子だった。

アルバイトの子を連れて行った食事会の明細や教材の在庫管理などでひとつふたつ注意を受けたが、支出面も特に取り上げることがない。中古のEFレンズ程度は目立った支出にはならなかったようで、話題にもならなかった。やがて「少し早めに来い。」と、手配しておいた元気な小学生たちがにぎやかにやってきたのを潮に調査員は腰を上げた。

数日後、税務署から会計士に「問題点なし、よっておとがめもなし。」という電話が入った。

「ほんとかよぉー!!」

デザイン会社を経営する弟が、話しを聞いて驚いた。

どうやら、これは希有なことらしい。

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