思うようにいかなくても、納得がいかなくても、ひたすら描き始めたボクの絵がなおみへの無言のプレッシャー。
タローシャンプーを終えた休日の午後、彼女もまた何も言わずにいきなり音を出し始めた。 先週、弦を張り替えていたからそろそろだとは思っていたけど。
ボクたち夫婦にとって唯一の禁句は
「描かないの?」
「弾かないの?」
写真やピアノなら気楽に楽しめる。 だが時間に余裕のないボクたちにとって、それぞれの専門に向き合うことは苦しみを伴う。 きっと意地だとかこだわりだとかなのだろう。 たとえ現在の技術水準は低くても気持ちは若い頃と変わらないのだ。
ベッドに座り込んでケースに置いた楽譜に向かうなおみの後ろ姿には、とても声をかけられない厳しさがある。