今夜も新宿が近づいたので、なおみがタローに声をかける。
「タロー、そろそろ起きてよ。」
微動だにしない…死んだふりのつもりか、聞こえないふりなのか。ウォーキングのお供をするのがいやなのだ。
「帰ったらチーズやるぞ。」
ぴくっっ!
「しまった」…顔にありありとそう書いてある。罠だと重々わかっているのにチーズという言葉には体が反応してしまう。
がばりと立ち上がり、尻尾をちぎれんばかりに振り始めた。運転席に飛び込む勢いでボクにむしゃぶりついて同情をひく作戦に出たのだ。あえなく押し返されたところで降車地点に到着した。助手席から舗道に降り立ったなおみが後部のドアを開けた。タローは床に丸く固まっている。
鏡餅作戦である。
「タロー!」
語気を改めたなおみの一声で、鏡餅からハの字眉のとほほ顔が持ち上がってくる。あきらめて車から降りると足取りはやけに軽やかになる。胸を張ると立派なボディーガードである。たったか歩いて遊歩道に消えてゆく。
タローである。