OUR DAYS2011年2011/7/19

ワタクシshuは今朝、二日酔いでがんがんする頭を抱えながら「今後、お酒は一回にコップ5杯までとする」ことを誓いました。なおみ?なおみは「3杯」以上は許しません!

実は卒業生のショウとハルカのママは酒豪でして、それが高じてとうとう行きつけの焼き鳥屋さんでアルバイトをするようになったそうなのです。フルタイムの介護師さんなんですけど、いったいどういう体力なんだか…。ここはひとつ、一度そのお店を訪ねてみたいねということになり、昨日、夏期の準備のためにタローを留守番させて休日出勤し、夕方から繰り出したわけです、はい。もうウキウキですよ。なにしろタローを飼って以来、職場近くの居酒屋に行くなんて一度もしたことなかったんですから。スキップするように歩いて、コジャレた焼き鳥屋さんの暖簾をくぐったわけです。

すると!!!

「いらっしゃいませー」

…と、カウンターの向こうでハルカが働いてるではありませんか。え??え??そしてうわばみ美女ハルカママは予約席で出迎えています。

「お待ちしてましたー♪shu先生となおみ先生が来られるなんて、こんな機会は二度とないからぜひ一緒に飲みたい…」

…と、なんと娘をアルバイトのピンチヒッターに立て、今日はお客さんになったんだそうです。

「ミサキママも呼んだから、もうすぐ来まーす。」

えー!?

ミサキとハルカは親友ですがミサキママとハルカママも飲み友です。なおみ先生大大好きのハルカがピンチヒッターを引き受けたときの条件は

「お母さん、ぜったい酔っぱらわないでね。」

…だったそうですが、ハルカママのペースは最初から全開です。

「あ、従業員さん(ハルカのこと)、あたしの久保田がいつのまにかもう空っぽなんだけどぉ、おねがーい♪」

きっぷがいい、おきゃん、粋…そんな言葉が全部ぴったりくる生粋の下町っ娘ハルカママ。

「shu先生は何飲む?」

なんて潤んだ瞳で見つめられるとボクなんかイチコロです。かれこれ10杯近く、もう黒目が渦巻きになってます。

「ミサキ、呼べー!(教室で授業を終えた)スーパーK太も呼べー!!」

うわばみ美女のテンションはますます上がっていきます。

酔っ払いには二通りあります。すなわち酔っ払ったときの記憶がある人とない人です。ボクは前者、なおみは後者です。特にボクはへべれけのときの愚行や失言を克明に記憶しているので、酔いが覚めたあとの落ち込みもひとしおです。「えー、うっそぉ。全然覚えてなーい。」というタイプの人が羨ましい限りです。ホントかよと疑いたくなるほどです。

焼き鳥屋で飲んだあとの話です。自分の声が空から聞こえるほど酔っ払ったボクたちは、ハルカママたちと別れて地下鉄への階段を下りました。ホームのベンチで電車を待っていると、音声案内が気になります。なぜかその駅のエスカレーターでは5秒間隔で「改札口行き上りエスカレーターです。」という音声テープがエンドレスで流されているのです。以前から疑問だったのですが、目の不自由な人の乗降が特別に多いのでしょうか。でももしそうなら、その人たちはとっくにこれが「改札口行き上りエスカレーター」であることを知っているはずです。

ええ、ボクはベンチから決然と立ち上がって、エスカレーターの下に行きましたよ。もちろん、彼女に抗議するためです。

「きみ!いったい、そうしてしゃべり続けることに何の意味があるのか。」
「改札口行き上りエスカレーターです。」
「いつか初めてこの駅に降り立つ目の不自由な乗客のためにそうして終日しゃべり続けるのか。」
「改札口行き上りエスカレーターです。」
「ここで電車を待つこと7分ちょい、84回もこのエスカレーターの行き先を聞いた。もうたくさんだ。ボクらの他に客はいない。黙れ!」
「改札口行き上りエスカレーターです。」

もし駅で流れる音声テープに向かって抗議している人がいたら、誰でも気味悪がって近づかないようにするでしょう。まったくもって今思い出しても忸怩たる思いです。ボクは齢50を数えながら「できることなら忘れたい思い出ベスト10」にランクインしそうな愚行を、いともあっさりやってのけたのでした。

さて、予想通り地下鉄の中では熟睡してしまった二人。降りる駅を通過したことにも気づかず、危うく次の駅でボクが目を覚ましました。なんとかなおみを抱えてホームのベンチまでひきずったのですが、力尽きてまた眠りに落ちます。

「歩こう。」

もうろうとした意識の中でなされたボクの決断は正しかったと思います。あのまま逆向きの列車に乗っても、隣の駅まで起きていられるとは思えません。またどこまで連れて行かれてしまうかわかったものではないでしょう。

なおみを担ぐようにして歩き始めましたが、彼女の意識はもういけません。

「ねえ!!きっと大平外相が悪いのよ。あたし、わかっちゃった!」
「そ、そうだね。」

山﨑豊子です。なおみの読書量は最近ますます増えています。さっきも地下鉄に乗ってから暫く、ひたすら頁を繰っていました。ボクの憤りは駅の音声ガイドですが、なおみの嘆きは沖縄返還にまつわる日本政府の不正疑獄です。

「どうして心から沖縄の人のことを考えてあげられないのかしら!」

そう憤慨しながら全身で言うものですから、足がもつれて第一公園の植え込みに倒れ込んでいきます。それを支えようとして、結局、身代わりに植え込みに倒れたのはボクでした。レンガと枝でスネや背中をすりむいて血が出ました。もちろん、日本政府の悪だくみに翻弄された沖縄の人たちの苦しみには及ぶべくもありませんが、沖縄の返還からはすでに40年がたっています。なおみの読書を制限するつもりはありませんが、酒癖が悪くなるので山﨑豊子は禁止しようかと思います。

怪我をした足となおみを引きずりながら歩き続け、ようやく家が見える角を曲がると、なおみが顔を上げました。

「shu!あたし、どこ歩いてるのかわかった!」

…今までわかんなかったのかよ。

「もうひとりで帰れるから先に行って。タローお願い。あたし、ちょっとだけここで寝かせて…」

語尾はもう寝息になって道路に崩れ落ちていきます。頭をかばおうとして腕を回したまま一緒に倒れたので、今度は左の肘をしたたか打ち、出血、打撲。ほとんど背負うようにして、何とか家まで運びました。

「どこ行ってたんだよ。ずるいよずるいよずるいよ…」

肩で大きく息をついているボクを容赦なくタローが踏みつけます。とにかくタローを散歩させなくては…。

遊歩道でタローがワントゥーするのを待つ間に幾度も意識が遠のきます。台風が接近して風が強く、ちぎれ雲の間から十六夜(いざよい)の月が中天にぼやけます。帰り道、私道の中程に何かがあるのをタローが見つけて駆け寄りました。玄関に寝かせてきたはずのなおみです。ローラアシュレイのサマードレスが月明かりの中でひらひらと風になぶられ、アスファルトには長い黒髪が乱れ散っています。もし第一発見者がタローとボクでなかったら、間違いなく殺人事件として通報されていたでしょう。

「あしたの朝のパン、買ってこなくちゃ。」

しっかりせよと抱き起こした腕の中で、なおみはそうつぶやいて再び昏睡に落ちました。

もちろん、翌朝、彼女が電車を降りてからの記憶を失っていたいたことは言うまでもありませんが、ボクの足や腕に痛々しく残る怪我が真実を物語っていました。ボクが酒量制限を決断したのは実にこういうわけからなのです。  

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