八ケ岳しらべ荘で母に持たされたウド,それに海からの帰り道に清水で買ってきた塩辛,たったそれだけの夕食が痺れるほどウマい.冷酒に炊き立てご飯,あとは何もいらない.味覚というものは年令とともに劇変するものだとつくづく思う.
ちょうど母が今のボクの年くらいだった頃,やはりこんなものが無性に食べたくなったことだろう.当時,山菜なんかが夕餉の膳に載りでもしたら,それこそ若かったボクや弟は
「こんなものが食えるか!」
などと毒づき,自分で肉だの焼きそばだのを焼いて食べたものだ.一度や二度ではない.母は知らん顔して我慢していた.今でこそテンサイ☆クッカーなどと嘯(うそぶ)いているが,家で料理を始めたスタートラインはそんな苦い思い出とともにある.今でも山菜を食べると,ときどき忸怩たる思いがよみがえる.
またひと箸ウドを口に運ぶ.苦いけどウマい.作ったのはなおみで,レシピはmoeさんに習ったものらしい.うす味で油揚げと炊き合わせてある.うー,たまらん.
たまらん気配を敏感に察知して,タローが脇にやって来た.
それ,ちょうだいよ.…矢印はタローが唯一の芸「イマムラタロークン(手を挙げる)」である.
あははは,バカだなあ,ウドなんて,若者も食べないけど,犬だって食わぬ.
ボクは面白半分ウドをタローの鼻先に近づけた.
「止めてよ!」
なおみが怒る.行儀が悪いし,人の食べ物は体に良くない.そりゃ,肉なんかやったら良くないよ.でも,ウドだよ,ウド.食べるわけないじゃん.タローはたいていクンクンと匂いを嗅いで,顔をそむける.そこをさらに近づけると這々の体で逃げてゆくのだ.
ほれほれ.タローの鼻先で意地悪くウドを揺らす.
ぱくっっ!!
え?
もっと.
へ?
ぱくっっ!!
ええー!!食べた.
ウドと油揚げの炊き合わせを食べたゴールデンレトリバーはたぶん世界初だろう(笑)
面白がってもう一切れやろうとしたが,なおみにボクもタローも叱られた.タローはハウスまで逃げてしまったので世界初をきちんと確認するには至らなかった.
でも,ホント,うまそうに食べたんだよ…うす味のウド.