この夏に起こったことを…そして,夏とともに「まとめ」て「終わり」にしなければならない。
春…ミネギシ整形外科に出会って,耐えがたい腰の痛みから解放された。むろん腰が治ったわけではないが,精神まで蝕むほどの激痛は去った。
春休みには久しぶりでタローと三人,山口まで放浪した。
GWは母と義母と妻とそれぞれの飼い犬をワゴン車に乗せて北海道まで旅した。
イギリスからウィノーナの親友が来日し,浅草,原宿,箱根,会津と案内した。
ボクは自分の行動力と能力に酔っていた。まさにこの世の春を謳歌していた(笑)
…
最初はオフィスの湯沸かし器だった。
今はこんな小さなものでも自分で買ってきてつけるというわけにはいかないらしい。
それから,Wi-Fiのルーターだの,複合機のケーブルなどつまらないものが次々と壊れた。
入退館メール専用に使っていた古いデスクトップがOSを読まなくなった。
どれもたいしたことはないが,腰痛をおしてショップなどに出掛けるのはきつかった。
会社のメインノートもWIN10にアップグレードしてから調子が悪い。
こちらはハイスペックな上,弟がデザイナー時代に使っていた高級アプリケーションソフトがどっさり入っている。中にはシリアルを失ってしまったものもあり,おいそれと買い替えるわけにはいかない。
そこで弟と相談して,OSごと複製を作って,新しいPCに移植するという計画を立てた。ボクらの技術でもなんとかできそうな目途が立ち,複製を保存するためにバックアップ用HDをいったん初期化したところで試験対策期間に入り作業は中断した。
…試験対策真っ只中の日曜補習の最中だった。
ノートが,プリントのデータを何枚か複合機に送ろうとしてフリーズしたまま,応答不能になった。
工場に持ち込み,丸一日粘ったが再起不能だった。
ほんとかよー!!
PCなしでは仕事にならないので,選択の余地なく直売所にあるハイスペックノートをその場で買った。
必要なソフトの半分が新規購入になり,タイヘンな費用になった。…が,もっと深刻なのはエクセルやイラストレータの膨大なデータである。わざわざ,バックアップを初期化してしまった。
データ復旧会社にノートごと送ると「重篤障害」と診断されながらも10日間かかってどうにか復旧した。…が,費用は10万円を超えた。
前後して夏風邪をこじらせた。
教室は完全消毒体制にして他人への感染は防いだが,なおみには感染ってしまった。
薬をばかばか飲んで仕事をこなし,休日は二人して寝たきりになった。最長60時間ベッドにいた。これはさすがにただの風邪ではないかもしれないと,同じ症状だが,まだしも容態のマシななおみが,頑張って近所の総合病院まで行った。ところが内科は大学病院から来る当番医で全くやる気がない,マイコプラズマの検査もせず,風邪薬を処方されてきた。
回復したなおみがかかりつけの婦人科で検査を受けると,マイコプラズマ陽性だった。ボクもそうだったに違いない。そうとは知らず,抗生物質も処方してもらわぬまま,ボクの咳は一か月以上続いた。なおみ以外,子どもたちの誰にもうつらなかったのは奇跡的である。
そして,まだ咳が残るうちにアレが来た。
目の下に何かできてるから見てくれと言っても,何もないと答えるなおみ。そんなはずはないと,自分で撮影して確かめようとしたときの写真である。
このときすでに左目の網膜剥離は進行していた。
術後48時間は仰向けするとタイヘンなことになるので,デスクに突っ伏して寝た。血の涙がだらだらと出た。
夏休みのほとんどは家を一歩も出ずに過ごした。
髪は床に寝ころんで浴室に頭だけ出して,なおみが洗った。ひげも剃れない。
今年はしらべ荘で夏を過ごすことにしていたので,母はそれをとても楽しみにしていた。庭中を花で埋め,舗道には石を運んで整備して待っていたのに,結局,熊本からお客さんの来る何日かだけになった。
じゃあなー♪
お客さんが帰り,目も痛くて何もできなかったので,弟と一緒に一日早く東京に帰ることにした。
その翌日,母が倒れて入院した。講習が始まってにっちもさっちも行かないボクに代わって,弟が往復してマロンを連れて来た。
近所の人や母の友だちが代わる代わる助けてくれて,母の容態は小康を得たが,未だに全快してはいない。医者によれば過労と心労が重なった自律神経系の病気だとのこと。明らかに過労はボクと犬のための庭整備,心労はボクの失明の危機である。
目が開くようになって,リハビリを兼ね,通勤の車を運転することにした。
ある日,調子に乗って,なおみを先に帰し,タローを連れて夜景を撮りにゲートブリッジに酔った。
夜はまだ視力が安定せず,ノロノロ走っては他の車に迷惑をかけていた。
お台場まで来て,ようやく辺りが明るくなると,そのボクよりも遅いダンプカーが黒煙をあげながら前を走っていた。見た目とはウラハラにボクの愛車は160PSもある。一踏みでダンプをシュパっと抜いたら,バックミラーに赤灯が光った。
「運転手さーん,70キロ出てましたよー」
…あ,そう。
文句を言う気力もない。真夜中のお台場でダンプの次に遅いスピードで走っていたボクに罰金1万4千円が課せられた。
翌日,銀座に用があった。違和感を感じて車を寄せると…
レグノがぺちゃんこ。よっぽどのものを踏んづけたらしいが…銀座である。
タイヤは交換になり,1本で2万7千円だった。
使用中のPCが突然アクセス不能になるというのも,抗生物質なしに自然治癒でマイコプラズマを治すはめになることも,網膜剥離も,車通りのない真夜中のお台場でスピード違反を食らうのも,銀座でパンクするのも…おそらく滅多にあることではない。たった,3か月弱の間にこれだけ,不運が重なることも珍しい。終わりにして欲しいというのはこういうことなのである。