湘南の空は広い。海だけでなく空が広い。相模川が作った巨大な丘陵が太平洋に臨み,背後に高い山並みはない。なぜか高い建物も少ない。オホーツクの海岸にも近江盆地にもこんな広い空はない。
「300m先,清掃工場を右折してください。」
と,オーリスのナビが言う。真っ青な空に白い煙突が映えて清掃工場はそれとすぐにわかる。

右折した先には親友の家がある。
…
この二日間の休みをどう使うか二人で話し合った。明日から休みなく11日間連続の出勤日が続く,その直前の連休だ。たまっているテレビ番組の録画を見て過ごす。朝早くサイクリングに出かける。絵を描く。バイオリンを弾く…。
だが,まず湘南に行くことでは一致した。
親友夫婦は1月の終わりに不慮の事故でご子息を亡くした。以来ひきこもるようにして暮らしている。立ち直ることは難しいし,そもそも立ち直るとは何なのかが分からない。ボクたちもずっとそうだった。今でも変わってはいない。でも何をしても楽しいと感じなかったのが,それはそれとして楽しいことは楽しいと思えるようになってきた。立ち直るとはどうやらこうして喪失感を受け入れ,折り合っていくことなのかもしれない。
そうは思えずにボクたちがひきこもっていたとき,強引に会いに来て連れだしてくれたのが彼ら夫婦だった。きっと何かがわかって来てくれたのではないだろう。
だからボクたちも会いに行った。コロナ禍で都外への移動自粛が呼びかけられている中を会いに行った。できることはなにもなかったが,二人は二度ずつ笑い,たくさん話をした。
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二日目は車で15分ほどのTさんのお宅へ額縁をもらいに行った。Tさんのお父さまは絵を描き,写真を撮り,山を歩かれた。…少々誰かに似ている。

亡くなったとき,ボクは遺された絵筆を300本くらいもらった。半分以上が未使用の筆だった。今回は引っ越しを機にさらに整理して使えそうな額縁や紙を選び,また声をかけて下さった。

世界堂の包装紙や水彩紙の保存箱など趣味を同じくするボクには際限なくシンパシーの沸く品々だ。故人の息遣いまで聞こえてくる。これらは他ならぬボクがもらって使うべきなのである。

写真の作品も遺されている。生前にお会いすることはなかったが,たぶん「よく来た」とボクの訪問を歓迎してくれている。きっと彼の魂はボクに乗り移って,絵筆を取るときには一緒にそれを楽しむだろう。
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そして梅雨明け最初の休みとて朝になおみがしたこと…それはタローハウスのおふとん干し。じぃーっとシーツをかけてもらうのを待っていて「Okay♪」がかかるとうれしそうに寝そべっていた姿が目に浮かぶ。
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あとはテレビもサイクリングも絵もバイオリンもなく飲んだくれて夏前の休日は終わった。

だがこれで心置きなく激務期間に突入できる。