Apr.4th, 2019
11.コンウィ城


旅立ちの朝が来た。

それは分かれの朝でもある。

すっかりこの台所に慣れたドレミ。

バイオリンの話題。

二度とは来ることがないかもしれない。ボクらもいつの間にか若くはなくなっている。

最後の朝ごはんはやっぱり白インゲンの煮豆かな。…ボクはパンにクロテッドクリームだけど。

Ianのウェールズ語講座…Cymru(カムリ)はウェールズのことです。しかしてマーボー豆腐との関係やいかに!!母国語の保護が重要視されてウェールズでも最近になって学校で教えている。むしろイアンの両親の世代が話すことができないらしい。

別れのときが来た。凍える中を見送りに出るみんなを待たせることなく車を出せるよう,ボクは前夜のうちにナビを設定しておいた。
荷物を積んだらハグ。ウィノーナを,そしてイアンを力いっぱい抱きしめた。
ありがとう。そして伯母さん,さようなら。またいつか会いましょう。

リークの街もさようなら。

マンチェスターやリバプールなど大都市に向かう大きな高速と次々と別れ,ボクたちはアイリッシュ海に臨む小さな港町コンウィを目指して西に進んで行く。


海沿いのローカルな高速。ここはもうイングランドではない。

ウェールズに入るとイアンの言った通り標識や看板がウェールズ語と英語と両方で表示されるようになった。

日本と同じ右ハンドル左側通行が楽かと言うとなかなかどうしてそうはいかない。ヨーロッパの風景には右側通行と頭にインプットにされているらしくて,最初はかなり戸惑った。とくにドイツやフランスとは逆回りするランナバウトには脳がキシキシ悲鳴を上げた。

コンウィ城が見えてきた。

足を痛めている義母を気遣いながら国道を駆け渡り,ターナーが描いたと思われるあたりに下りてみた。

この辺りかな…。


ウルトラ観光地ではより近い駐車場を探してぐずぐずうろうろするのは禁物である。

距離など高が知れている。潔くきっぱりと手近な駐車場を確保して歩く。

ときにはこうしてスペシャルな散歩道がアクセス路に待っていることもある。ほら,城門直下の駐車場は満車で停まれない車がぐるぐる回っている。それを眼下に優雅な空中散歩としゃれこむ。

コンウィ城はウェールズの城ではない。ウェールズ侵略のため13世紀にイングランドが築いた城である。ボクは世界遺産でなくてもウェールズの城を見たいと思ったのだが
「ウェールズは平和な民族なので城などはなかった。」
とイアンは言う。そんなことはあるまい。おそらくはイングランド軍の手によって地形まで平らにされてしまったと思われる。きっと地元の歴史マニアにも判官びいきはいて,そんな城の廃墟を訪ねているのだろう。ちょうど日本で佐和山城や上田城に歴女が集まるように…。

さて世界遺産のコンウィ城。入場料9.5£。
世界遺産の城にしては良心的な設定になっているが,城門を入ると木彫りの兵士が出迎える。…ぎりぎりである。チャッツワースハウスの馬よりはマシだが日本人の理解の範囲は超越している。

それに比べるとこれはなかなかセンスあるオブジェではなかろうか。…実はコンウィ城は天空の城ラピュタのモデルになった城のひとつだと言われている。

それではラピュタっぽい写真をどうぞ。



これはラピュタとは関係ない(笑)

美しいコンウィの街並み…晴れていないのが残念であった。





ドレミがシャッター半押しでピンを取ってからフレーミングすることを教えると,義母は俄然写真を撮るのが楽しくなったらしい。これはベストショットの作品だそうなのでコンウィの〆に使おう。ベンチのボクたちは午後の予定を話し合っているところである。