前売りのチケットを買った頃は入院,手術になるとは思ってもみなかった。
会期の終了が近づき諦めようかとも思ったが,電話してみると誰にでも車椅子を貸してくれることがわかった。
大江戸線が通勤ラッシュのぎゅう詰めで,途中,何度か右脚の痺れが激しくなって途中下車しようかとも思ったが,なんとか片足立ちして六本木までがんばった。左足が痛むことも痺れることもなくなっていることに気づいた。
六本木駅のホームのベンチで後続の電車を3本見送りながら休んだ。3本と言ってもラッシュ時の東京の地下鉄なのでそれほどの時間ではない。
やはり立っていると痺れてくる。国立新美術館まで歩くと何の躊躇もなくインフォメーションに行って車椅子を借りた。
車椅子には誰もが本当に優しくて感動した。
スラヴ叙事詩は壁一面の大作なので,圧倒され呆然と見上げながら後退りして車椅子にぶつかってしまう人は多い。
すみません,すみませんと誰もがとても恐縮して謝るので,ボクの方が何だか悪いような気がして仕方ない。
これはスラヴ叙事詩の最後の場面で未完成である。つまりミュシャの絶筆となったわけだが病気で亡くなったのではない。
スラヴ叙事詩が危険な作品とみなされ,ミュシャはゲシュタポによって投獄された。
それが原因で体調を崩し,ライフワークを未完成のまま亡くなった。
ナチスドイツの支配下ではありふれたことである。同じ大戦中の日本でも,そして近い将来の日本でも…。
混雑する展示室を人にぶつからないよう気を付けながら,絵に近づいたり,移動したりするうちにボクは車椅子の運転がとても上手になった。
車椅子を返すと駅まで歩くのは辛かった。
せっかく六本木まで来たのだから,何か食べて行こうということになって,ボクがフィッシュアンドチップスの専門店を選んだ。
魚を揚げるのはともかく,付け合わせまで揚げ芋というのはキツイ。
フィッシュフライはほぼ天ぷらだった。今度,天才フィッシュアンドグリーンサラダを作ることにしよう。
午後,ツイッターで知り合ったTAさんが所要で新宿まで来たついでにお見舞いに寄ってくれた。
タローにも会いに来てくれたそうなので,送りがてら大山公園まで散歩に出た。
痺れたが三度の休憩で完歩した。
歩けること,そしてもう左足,左腰に痛みがないこと。手術後初めて回復への兆しを感じた。