ボクの主治医T先生は学部長だったので,入院時の診察には全整形外科医・インターンが従って来た。
予め下っ端の医学生が大部屋のボクのベッドまで下見に来て暗に襟を正すよう促した。
白い巨塔よろしく教授総回診というヤツである。ボクの傷口は20人近い医者の注視の中で診察された。
先生が退出してもまだ列の最後尾は隣りの病室を出るあたりであった。
それが診察の空き時間にいきなり一人で現れて
「どう?仕事進んでる?」
などと雑談に来られる。もともとその人柄に惹かれてこの病院を選んだ。
初診のとき,ボクのレントゲン写真を見て
「痛かっただろうね。よく我慢したね。」
と言われた。当時,評判を頼りに5院近くの整形外科を回っていたがそんなことを言われたのは初めてだった。
偉い先生だと言うことはずいぶん後になって知った。
手術後もボクはなぜかずいぶんとかわいがられた。
車で通院せざるを得ないボクを慮っていつも診察順はいちばんだった。
手術の家族説明で会ったなおみのことも気に入られたのでその後も何度か診察に同伴した。
薬は家内が管理していると言ったらたいそう興味を持たれ面白がっていた。
診察のときにはいつも最初に
「どう?少しは元気になったかい。」
とタローロスを心配してくれた。
ボクのカルテにはタローが死んだ翌日に遺体を抱き上げたことやペットロスの経過が記されている。
そんなわけでボクは術後の回復が必ずしも思わしくなくともセカンドオピニオンを取らなかった。
教授は手術から半年後に病院長に上り詰めた。
だが院長だったのは1年あまりだった。
あの人柄である。院内の権力争いに敗れたことは想像に難くない。
そしてそれからまた1年。とうとう退任に追い込まれた(と思われる)。
「イマムラクン,ボクはもうキミの世話をすることができなくなってしまったよ。」
先生はさびしそうにおっしゃった。
最後の診察にはなおみを伴って行った。
4年間通ったこの病院に来ることはたぶんもうない。