老舗のレストランとか町の工場とか…経営危機に陥る前に廃業しているところも多い気がする。
告白すると2月にボクも廃業を考えた。
山の見えるところに暮らしたい…
八ヶ岳にアイターンするためしらべ荘を建てて四半世紀が過ぎてしまった。
体力は衰え,夏の間ひとり暮らしする母のことも心配になってきた。
住宅ローンも終わった。
仕事が楽しいこと,子どもたちがかわいいこと…それが辞めるに辞められない理由のすべてだった。
もしかしたら新型コロナウイルスは顧客も自分たちも納得させることができる絶好の言い訳になるのではないか。
◆◇◇
…それは反骨精神からだった。
ボクにはコロナウイルスに対する政府の場当たり的な政策が国民を守ろうとしているようにはとうてい思えなかった。
そして満員の通勤電車も盛り場も娯楽場もそのままに唐突にまず小中高校に休校要請が出された。
給食に食材を納入している豆腐屋さん,肉屋さん,近所の文房具屋さん,洋品店,用具店…
そういう人々のことはまったく考慮されていない。補償もない。その理不尽さに怒りを感じた。
当然ながら豆腐屋さんも文具屋さんもボクたちも自粛=経営破綻、廃業である。
犬を抱いてコーヒーを飲んでみせる自粛貴族にそれを強要される覚えはない。
せったいに乗り切ってやると思った。受験生たちの顔が浮かんだ。
武器は想像力とチームワーク。
そして考えついたのが教材を宅配回収して添削する指導方法だった。アナログのテレワークである。
あうんの呼吸で半日で準備し,翌日から実施した。
楽ではない。雨の日も風の日も毎日数十件の家を日に二度回った。
二週間で一度通常授業に戻ったが,いよいよ緊急事態宣言が出てもボクたちにはすでにノウハウがあった。
職場と自宅と車を徹底的にセイフティーゾーンとなるようにした。誰とも接触しない。
教材を回収するときはもちろん,スーパーに買い物に行ってもガソリンスタンドに寄っても車に触る前に手を消毒する。
回収した教材の袋は車に積む前にアルコール消毒した。
山積みの教材を一人分終えるごとに手洗いや消毒をして添削していく。
昼前から夕方までひたすら作業する。少しでも早く子どもたちに届けたい。
タローのイラストはもう200枚は軽く描いている。
なおみの添削や付箋や貼り紙はさらにずっと凝っている。
ボクたちは非日常を楽しんだ。
なおみが配達中に撮った写真。何を撮ったかわかりますか(笑)
いろいろ持ち込んでお昼ご飯を教室で作ったりした。
さてお立会い。衣装ケースとアルミホイルで何ができるか。
これは静岡で機械工場を営む親友が教えてくれた波長253.7nmの紫外線ライトを使った殺菌装置。
従業員のために準備したマスクや消毒液も分けてくれた。
かれこれ通常の2倍ほどの仕事量だが,終業時間は1時間ほど早くなった。
帰宅時間が隅田川にかかる橋のライトアップにぎりぎり間に合う。
すでに都内の小中学生の生活は荒み始めている。
決まった時間になおみ先生と教材を受け渡し宿題をする…
それだけのことが自宅待機中の子どもたちにとってかなり大切な意味を持ち始めている。
想定外のことだった。
家を訪ねるとマスク,消毒薬,お菓子,ドリンク剤,手紙…ありとあらゆる激励を親御さんから受ける。
ある日,大家が訪ねてきた。
「1ヵ月でも2ヵ月でも家賃は入りません。」
がんばってください…と言われた。家賃は払うが更新などでは言葉に甘えることにした。
会計事務所のSさんから電話が入った。
「都や国の支援を得られるかもしれないので申請をしましょう。書類作りをお手伝いします。」
がんばってください…と言われた。
彼女こそたいへんだ。
顧客の中小企業を守るために危険な地下鉄通勤で毎日終電まで残業している。
ボクたちはこういう人たちに囲まれている。
コロナに負けるわけにはいかない。
力尽きるまで戦わなければならない。