1月24日分
ビストロ☆シュウが感染症拡大によって自粛して久しい。だがリスクを負っても開店すべきときがある。その大事な客とは愛弟子ちゃらTである。ざっと経緯を記すと，
彼女できる→別れる→よりをもどす→別れる→彼女できる→
この節々でちゃらTはビストロ☆シュウの客となってきた。…ところで二人目の「彼女できる」の後にも矢印がある。暮れに届け物があって彼のアパートを訪ねようと連絡を取ったときのことだ。ちなみに当然のことながら各「彼女できる」のところではしばらく音信がない。この状態を専門用語で「うかれぽんち」と言う。ボクたちも遠慮して連絡しない。今回も国を越えた長距離大恋愛の末，互いの家族に紹介も終えていた彼女である。コロナ禍のもと密に蜜な暮らしをしているはずだった。ところが半年も立っていないのに住所が変わっていた。矢印の後は三たび「→別れる」であった。
さてチャラTの趣味は旅とクラフトビール，そして物書きである。この物書きだが「文体が先生にそっくりすぎて恥ずかしい」からと一度も作品を見せてもらったことがなかった。それが昨年，何やら随筆の賞に入選したとかで自信満々そのURLを送って来た。それはかける言葉がみつからないほどひどい出来だった。レスポンスに困ってうやむやにしていたら，今度は去年のキューバ旅行記を推敲したNOTEのアカウントを報せてきた。「感想を聞きに伺いたい。」とのこと。…これが緊急事態宣言下，しかも入試シーズン真っ最中にまたビストロ☆シュウを開店することにした経緯である。
傷心の愛弟子が一人ぼっちのアパートで一人ぼっちの年末年始に、うかれぽんちだった頃の一人旅をエッセイに綴った。ああ天が与えたボクの料理の才を，今このときに使わずしていつ使うのだ。旅行記はたとえ下手でもいいところを見つけてうんとほめてあげよう。素晴らしい！キミの文才は天性だ。そう言おう。
ところがドッコイどっこいしょ！
なんとこの旅行記が絶品に面白かった。男子三日会わざれば刮目して見るべし。文体は確かにボクそっくりだがよりオシャレな表現が散見される。特にホテルのフロント係の女性とのやり取りは秀逸である。ラストには完璧なとっておきエピソードが準備されている。百聞は一見に如かず。文末のリンク先をお読みいただければイケメン男子になった気分でちゃらちゃらとキューバ旅行気分に浸れること請け合いである。アバンチュールを求めて二人組の若い日本女性観光客が吸い寄せられてくるシーンなど峻烈な旅情あり。
問題はこの読後感を本人にどのように伝えればいいか。素晴らしい！キミの文才は天性だ。そう言ったらあきらかに嘘くさく感じるだろう。
いいことを思いついた。感動を形にしよう。キューバ旅行記に出てくるプルドポークという料理を再現することにした。行ったことない国の食べたことはもちろん見たこともない料理でも天才クッカーは怯まない。もともとはカナダやアメリカの料理らしく，だいたいのアウトラインはネット上にあるアメリカ料理のレシピでわかった。だが想像されるその味はキューバの空と町にはなじまない。カリビアンに仕上げなくてはならない。唯一の手掛かり味掛かりはNYCやアリゾナの中米街で食べたテクス・メクス（中米料理）の舌の記憶だ。ボクはチリパウダーをベースにコリアンダーシードやパプリカを加えたスパイスを調合してロース肉に擦りこみ，それを24時間漬け込んだ。
圧力鍋から出した肉は油が落ちてホロホロになっている。これをフォークで割いていく。ちゃらTが大仰に喜んで見せたのはあるいは忖度だったか。だが真意は伝わった。藍より青く，ちゃらTの文章はすでに師匠を超えている。
シュウのキューバ風プルドポーク
1.豚肩ロースを4cm角ほどに切って袋の中へ。チリパウダー，パプリカ，コリアンダーシード，ジンなどカリブ海気分で擦り込む。市販のスモーキーなバーベキューソースをごく少量加えて寝かせる。
2.圧力鍋にオリーブ油，ニンニク2片ほど香りを立て，下味程度の塩コショウをして肉の表面を焦げるくらいに焼く。これは臭み止め。コカ・コーラ180mLと玉ねぎ，クズ野菜とともに30～40分加圧。
3.肉を取り出して割く。
4.フライパンで加熱しながら，塩，チリパウダー，パプリカ，バーベキューソースで調味。バーベキューソースはスモーキーな香りのため。使いすぎるとたちまちアメリカンになってしまうのでご注意。
5.つけ合わせは玉ねぎ，ピーマン，パプリカ推奨（ニューヨークアッパータウンのメキシコ街風）
ちゃらTのキューバ旅行記はお暇なときに↓こちらからどうぞ。
ビストロ☆シュウの話にもオチがある。閉店間際，
「先生，実は…」
ん？いいよ，いいよ。一人で休日の夕食はつまらないだろう。またすぐに来たらいい。
「そうじゃなくて，先週，新しい彼女できました。」
え！？