水産加工会社に勤める卒業生のユージが,帆立や牡蠣を特別価格で配達してくれるのが大晦日の恒例行事になっていたが,今年は
「30日に伺います。」
とLINEが来た。
「ああ,ケンと一緒に来るの?」
同学年のケンからも30日に会いに来たいと連絡があったからだ。だが,ユージの返信は何だか要領を得ない。昔から寡黙な子だったがLINEでも口下手である。
そして当日,伊達巻やら鳴門やらおまけを満載した段ボール箱を抱えてユージがひとりで現れた。
「あれ?ケンは?いっしょじゃないの?」
「あ,…あ,あとから来ます。」
「あとから?」
すぐに後からケンが来た。その後ろに幼子をあやしながら二人の婦人がしゃがんでいた。
「誰かわかりますか?先生」
わかるに決まっている。おナツとシオリだ。ユウタが来た。イケメンのタカが来た。
コトノは2才の女の子を抱いていた。ショータは遅刻してきた。
「子どもが寝ちゃって連れて来れなかったです。」
「来られなかった!…だよ。いい直し!」
たちまち移転後の5期生の半分くらいが集まった。サプライズだったらしい。ユージが口ごもったのはこういうことだった。コンサートにも駆けつけてくれた子ばかりであるが,会場で顔を合わせることはできなかった。
このときから15年の歳月が流れていた。
この子たちがパパとママになっていた。
「オレたちもう30才ですよ。」
と1年前に結婚したケンが言う。
「こいつ(ユージ)は先月結婚して,ユータは来週籍をいれるそうです。」
詳しく話を聞きたかったがボクたちは授業であまり相手をしてやれない。
部屋でのおしゃべりに子どもたちが飽きてきたのでみんなテラスに出た。保育士の資格を持つユータがコンビニでシャボン玉セットを買ってきて披露し,子どもたちのハートをつかむ。2才のコトノの娘が手ほどきを受けてシャボン玉を飛ばした。二児のパパのショータのシャボン玉は膨らまない。教室のお菓子やジュースの残りはタカやユージによってきちんとまとめられていた。みんな素敵な大人になっていた。
15年前,サッカーの代表戦の夜,サッカー部だったユータは授業で見られないボクのために家に電話して結果を教えてくれた。だが,ボクは結果を見ないまま,家に帰って録画で観戦するのを楽しみにしていたのだ。ボクの表情でそれと知ったユータはよほど悪いことをしたと思ったのだろう,何とも言えぬ表情で駆け去ってしまった。「気にしなくていい。教えてくれてありがとう。」とボクは言い損ねたままになってしまった。
「覚えてるか?」
「ハイ」
「ユータ。今日,来てくれてありがとう。あのときのことをずっとずっと謝りたかったんだ。」
コトノはとても美人だったが控えめでおとなしかったのでそれに気づく人は少なかった。教室でもおナツやショータなど個性的な子に囲まれて全く目立たない子だった。テストがいい点数だったときや,ほめたときににっこりと見せた透き通るような笑顔だけが記憶にある。ボクたちは誰に対してもいつも全力投球だった。でも彼女の方が教室での勉強をそれほど楽しんでくれていたとは知らなかった。だからコンサートのお知らせを卒業生に送ったとき,いちはやくコトノからメールが入るとは意外だった。美人中学生はキレイなお母さんになっていた。やがていかにも優しそうなご主人が車で迎えに来た。幸せそうだった。帰りの車で書いたのだろう,久しぶりに会えてよかったこと,コンサートはとても感激したこと…長文のLINEがあとで届いた。
30才ともなると持ってくる手土産もみなランクが高い。だがおナツとシオリが持ってきたスタバのコーヒー豆とこの名前入り水筒は高価すぎる。
育児中の30才主婦にとってどれだけ思い切った買い物だったろう。そう思いながらこのカップで飲んだコーヒーは涙の味がした。ボクたちは何とも幸せな人生を歩んできた。
☆
ムンクは相変わらずで4時間も遅刻してきた。みんな解散し,仕事も終わってからさらに小一時間待った。彼は冷たい夜風とともに駆け込んできて,
「おせーよ!!」
と叱っても悪びれずに
「すみません!!」
と言いながら,なおみをそしてボクをハグした。髪はなおみよりも長い黒髪だった。芸大を卒業し,離婚しても絵描きを続けているが,
「食えないのでバーテンダーとかのアルバイトしてます。」
遅刻してみんなには会えないと分かっていながら,遠い現住所からはるばるやってきた。だがボクたちの帰宅時間が迫っていて15分くらいでもう表に出なければならなかった。
「火,貸してくれます?忘れちゃった。」
蚊取り線香用のライターをあげた。
「どうする?方角が同じだし車で送って行こうか?」
「いいっす。せっかくこっちに戻ってきたんすからダチの家でも訪ねてみます。」
寒風の中を訪ねて行くダチもまた30才である。暮れの30日の夜に訪ねてくる中学時代の友だちを歓迎するとは思えない。…そう諭したかったが飲みこんだ。そして歩道で紫煙をあげるムンクを置いて帰路についた。彼はいつまでも手を振っていた。いつかビッグになるかもしれない。
こういう卒業生がいてもいい。
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