5月14日/母の日
ウォーキングの雲間に阿弥陀岳が見えた。粉砂糖を振ったように白くなっている。ゆうべの雨は山では雪だったようだ。
Mさんのご主人に出会った。出払いだったそうだ。出払いと言うのは町内会の労務で草刈りやゴミ拾いを共同で行うこと。住民票を移せばウチも参加しなければならない。
母の古いパン焼き機を稼働してみた。
なかなか旨い。
さて厨房で忙しそうななおみ。
母の日に母の好きなアップルパイを焼いていたのだ。
ボクは専らこれ。でも仕事の絵は集中が長くは続かない。ギターの練習をしたり,別の絵を描いたり。何としても今週中には終わらせなければ。
5月15日/苗を買う
雨が上がった。
表紙や扉絵の原画を編集部に送る。
なおみは母と相談しながら野菜の苗を買った。
また花も買ってる。
母がお店でランチしようと譲らないので買い物を終えて洋食屋さんに入った。母のおごりなので文句は言えないがランチには二つ問題がある。一つは母がいくらも量を食べられないこと。なおみも少ないので,みんなのご飯の量を半分にしてもらってもボクが1.5人前は食べることになる。もう一つはどこも1,300円前後の値段がついているのに,自分で作った方が美味しいと思えるものばかりなのだ。不遜である。
買ってきた苗と花。遠雷が聞こえる。
花の終わったユキヤナギをなおみが刈ると風呂場から藤棚が見えるようになった。手入れもしていないのに健気に咲いている。
洋食屋でストレスがたまったので,オランダ風コロッケを作ろうと思ってタネを仕込んでおいたのだが,絵本の仕事に熱中しているうちになおみと母が揚げてしまった。見た目,和風に仕上がってしまったが,やっぱり昼のお店より美味しい。
5月16日/ドレミ菜園スタート
ウォーキングの景色。霧が立ち込めているが空が明るい。村では晴れているだろう。今日は庭仕事日和だ。
この「レレレ」って何だ?レレレのおじさんか?
「レタスよ。」
…というわけでドレミ菜園の植え付けが始まった。
このあたりがレレレのおじさんのところ。メジャーで間隔が測られている。
ボクは菜園をオシャレに飾っているわけではない。すずらんテープを張って鹿除けにする作戦である。
いくらなんでも鹿たちにこの隙間から首を突っ込む勇気はないだろう。ちょっとの風にもすずらんテープが鳴って,鳥対策にもなりそうである。
いずれにしても野菜ができれ「ば」の話であるが…。
シュウ作の扉を御覧じろ↑
じゃーん。8時過ぎから3時間かけてドレミ菜園完成。
おーい。どこだ?
「ここー♪」
午後はあんなところで読書している。
5月17日/後からマルチ
今朝もゴミの日だったので北側のコースを行った。新しい道。
ドレミ菜園はさっそくばぶる先生からダメ出しがあったので,支柱をいったん全部外して後からマルチ。
おそらく世界初(笑)
作業をしていると,母が「菜園まで連れて行け」とベランダに出てきた。つかまりながらなら庭を歩くことができる。昨日まで体調も悪く無気力で半分寝込んでいたのに,危なっかしくマルチを貼る様子を見ていられなくなったようだ。そのまま花の植え付けの先頭にも立った。これだけでもマルチの効果は絶大と言える。
5月18日/野生化している花たち
8時,草取りスタート
手入れもしていないのに花が咲いている。
数年前まで夏の間母が手入れをしていたので,草の間にもあちらこちらに花が咲く。雑草と見分けるのが難しい。
花たちはほぼ野生化して雑草と競っている。
今朝のボクの仕事は水撒きと焼却炉の灰の整理,湿地帯に渡る木橋の整備。それらが終わったので水を撒いたブルーベリー園の様子を見に行った。
枯れたと思われた3本の木からひこばえがたくさん生えている。もしかしたら再生するかもしれない。とりあえずその回りの雑草を抜いた。日が高くなって気温が上がってきた。今日はここまで。
なおみは予定通り10時までがんばると聞かない。熱中症にならなきゃいいけど。
おーい!もうおしまい!カルピスソーダ作ったぞ。
しぶしぶ上がってきたが,カルピスを一気飲みして「あと10分!」と,また草刈りに戻って行った。
藤棚のノダフジが盛りとなってきた。10年以上手入れしていない。これも野生化している。しらべ荘の花たち強し。
5月19日/東京行
なおみが母の3日分の食事を用意した。
オーリスの屋根にルーフボックスを搭載する。
引っ越してちょうど1か月。東京での用が溜まった。
なおみはひたすら銀行回りしてから質問を抱えて税理事務所のSさんを訪ねる。
二人は夏に富士登山を計画していて,その打ち合わせも兼ねているらしい。
ボクもそれなりに忙しい(笑)
母に頼まれた買い物もある。
ようやく初日の用事が済んだ夕方,地下鉄に乗ってでかける。
目的地は新大久保のコリアンタウン。眼医者さんに自転車で通うときにいつも通っていたので「引っ越す前に行きたいね」と話していたのだができず仕舞いでいた。
ホントは何度か行ったYの家を予約しようとしたのだがいっぱいだった。少々若者向きの雰囲気だが新しい店にチャレンジしてみた。
やかんで生マッコリ。…これに惹かれて選んだ。
格安のコース料理を頼んだのだが,あっと言う間にテーブルが埋まった。これぞ韓流のおもてなしという感じ。
日本人のアルバイトらしきおねえさんが焼いてくれたサムギョプサル(豚の焼肉)
はい,これを見て完食はあきらめる。
オーナーらしき韓国人も30才前後の若さだったがYの家にもひけを取らない味だった。何より活気とサービスがいい。料理をたくさんの残した詫びを告げて店を出た。
それにしても日本とは思えない町の様子。ミョンドンのわき道でも歩いている気分である。
しかもテーブルで盛り上がっている客の9割方は若い日本女性である。世の中はボクたちの追いつけない速度で変わっている。金曜の夜,人出はマックス。腰は確かに痛むのだが,この状態の町へ電車で出かけたことは10年以上ぶりである。
ウォーキング効果かもしれない。少し自信につながった。
5月20日/スパイスと琉球酒場
雨が上がって幡ヶ谷の庭の草取りを一気にした。しらべ荘に比べれば土は柔らかいし,何より狭い。小一時間でこの通り。
道具の手入れ。ボクは下水の消毒など。
お昼はスパイス。
定番のエッグ入りビーフチキン小盛とポーク小盛。
午後はなおみがひとりで掃除と片付けをした。しらべ荘に運ぶ荷物を積んだら,オーリスの荷室はもちろん,後部座席からルーフキャリアまでびっちり埋まった。
さすがに疲れたので,電車で出かけるのはやめて近所の沖縄料理屋で夕食にした。
泡盛の通は「コーヒーちょい足し」である。
にんじんシリシリ,島らっきょう,グルクンのから揚げ。
昨日雨の中,散髪にも行ってきた。ボクは天然パーマが激しいので短髪はきらいなのだが,なおみには逆らえない。
床屋さんもそのへんのところは承知でばっさりやってくれる。
ゴーヤチャンプル,タコライス,ソーキそば。
満足満足。
5月21日/義母のiPhone
町田の実家へ。ハイオクをぎちぎち給油する。何しろ東京の店頭表示料金が165円/Lのところ,原村は182円/Lである。なぜ長野県はガソリンが高いのだろう。
庭のクリスマスローズが干されていた。義母は昨日,ニューヨークから帰った。まずドライフラワーをしたのだろう。ニューヨーク経由ボリビア旅行である。義従弟(義母の甥っ子)のお嫁さんがボリビア人でその実家に招待されていた。義母としてはニューヨークで義伯母とゆっくり過ごす時間が欲しかったところだが,若い子たちが張り切って計画を立てたために,まるでツアー旅行のように大忙しで80才の義母には過酷だったようだ。それでも思ったより元気だった。明日から仕事に出ると言っている。
庭の雑草を一掃した。ほとんどがドクダミで軽く200本は摘んだと思う。ドクダミに恨まれているかもしれない。匂いが鼻について取れない。
義母のiPhoneをアップデートするために隣家の叔父宅でWiFiに接続させてもらう。この二頭はもうすっかりなついている。
庭仕事は午後から義弟夫婦も加わって一気にキレイになった。
5時過ぎに町田を出た。東京に帰るときはそんな時間には出られない。渋滞に巻き込まれるからだ。いつも7時半頃まで待ってそれでもまだ東京方面は渋滞する。
昔の職場近くなので抜け道も使って八王子インターに出ると1時間かからなかった。
中央道の上りはかわいそうなくらい渋滞している。
ボクらは8時過ぎにはしらべ荘に着いた。早い時間に出られるので渋谷に帰るより早い。
母はけっこうきちんと食事をしていた。頼んでおいたお友だちも代わる代わる訪ねてくれてそこそこ元気だった。
…そこそこではある。