Apr.2012

「よーし,今日はボイ渓谷へ行こう。」

アンドラのホテルピレネーで迎えた朝,窓から快晴の空を見てボクは迷っていたこの日の行程を決断しました。空は高地独特の群青色に輝いています。ピレネー山脈に春が来ていました。こんなに麗らかな日はきっとピレネーでも年に数えるほどしかないでしょう。そんな日に山を下りて高速道路なんて走る手はありません。

ボイ渓谷は二筋ほど西のスペイン側の渓谷です。アンドラからは予定を変更して一度,南側に戻らなければなりません。出かける前にドレミが作成した「行くかも知れない観光地リスト」にあったので,名前とおおよその場所こそ覚えていたものの実際に行く可能性はほとんど考えていなかった場所なのです。

「はーい♪りょーかい!!」

ところが,このいきなりすぎる行き先決定にも,我がナビゲーションシステムは全く動じません。さっそくプリントアウトした地図を番号を頼りに組み合わせてボイ渓谷中心の道路地図を作っています。

さて問題は峠の積雪です。ここアンドラの峠道には残雪すら見えませんが西の峠はずっと標高が高そうです。冬季閉鎖される長野県の国道299号線麦草峠が開通するのは毎年4月中旬頃だったでしょうか。ピレネーにもそんな峠があるかもしれません。

もし公的な道路情報機関があれば,フロントから問い合わせてもらえないだろうか…朝食に下りたときドレミが件の禿フロ氏を見つけて聞きにいきました。

ところが彼の英語力はせいぜい中学生程度で,長い名詞節や仮定法を含むドレミの質問を理解することはできません。ボイ渓谷までのアクセスを聞いているのだと勘違いしたらしく,古い道路地図をひっぱり出して,じっと考えこんでいます。仕方ないので逆にボクが道順を教えてあげました。そして地図上のルートを指しながら,

「今,雪,どこにあるか。」

と,尋ねてみました。

「Oh!」

ついに禿フロ氏に質問の意図が伝わりました。どうやら言葉というもの,同レベルの語学力同士の方が伝わりやすいようです。ホッとした陽気なフロント係はにっこり笑いながら言いました。

「7日間雪が降らなければ峠は通れる。そしてこの7日間雪は降ってない。」

…雪が降ってないのはアンドラの話だろう。

しかしボクは思いっきりシェイクハンドして,サンキュー,メルシー,グラーシアスと感謝の言葉を連呼しました。7日雪が降らなければ…という彼の言葉をとても気に入ったからです。これで西の峠にチャレンジするのに十分の理由ができました。たとえ通行止めで逆戻りになっても,それはそれでまた一興。ボクたちにとって必要なのは正確な「情報」ではなく「詩情」です。

空は晴れやか行き先も決まって心も晴れやか。そして食べるパンやハムの美味しいこと。禿フロさん,さようなら。楽しい思い出をありがとう。

ナマズ発進!!来た道を南へ引き返します。

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