Apr.2012

ずっと走りっぱなしだったので少し眠くなりました。調査隊を派遣して,ハンドルに足をかけてウトウトすると,標高が高いせいでしょうか直射日光を浴びている腿がじりじりと痛いほど熱くなってきます。鳥は高くさえずっています。看板を見ていた調査隊のドレミが戻ってきました。

「この奥にビジターセンターがあるみたい。そこで聞いてみない?」

道はますます細くなり,明らかに登山口の様相を呈して来ました。小川に木の橋がかかっている手前に入山カードを備えた小屋があります。

「こんなところに人,いるかなあ。」


いました。しかも英語をペラペラとしゃべります。おおよそスペインで「英語通じるの法則」が見えて来ました。「若い」「スペイン(白)人」の「男」です。すべての法則を満たしたこの係員によって,ついに世界遺産ボイ渓谷の全貌が明らかになりました。

曰く「一つの古い村ごとに一つの石の教会」…そんな村が谷筋ごとに点在しているのです。ここに来るまでの脇道をそれぞれ上ればひとつひとつの村に行き着くようです。

男は地図をくれて,最初にインフォメーションのあるエリル=ラ=バルという村に行くよう教えてくれました。このビジターセンターは登山客のための案内所だったのです。ボクは橋のたもとのわずかなスペースでナマズを転回し登山口を後にしました。バックミラーの中で手をふる係員が小さくなっていきました。


エリル=ラ=バル村の駐車場は空き地にロープを引いただけの簡素なものでした。そこに車が2台あります。どうやら観光客はそれだけで,レストランとバルが一軒ずつ店を開けていますが,ひっそりと営業中なのかどうかわかりません。まがりなりにも今日は日曜日なのです。そしてここは世界遺産です…たぶん。



空は春らしくパステルカラーに澄み,絶好の行楽日和…,それなのに聞こえてくるのは小鳥の声ばかりです。

タッチパネルのモニターが設置されていて,ボイの沿革を4ヶ国語で読めるようになっています。世界遺産であることは間違いありません。

11世紀終わりから12世紀初め頃の建造とありますから,8世紀初めから続いたウマイヤ朝が滅び,ようやくキリスト教勢力の反抗(レコンキスタ)が実際に始まった頃です。イベリア半島を統治したイスラム勢力もここまで辺鄙な山奥にまでは及ばなかったこと,また彼らの宗派が異教に寛容だったことが結果としてこの村々を当時のままの姿で現在に残す原因となったようです。

エリル=ラ=バル村「サンタ・エウラリア聖堂」

車を停めると同時に飛び出して,インフォメーションにダッシュしたドレミが英語のパンフレットと地図を持って戻ってきました。

「危なかったー,ぎりぎりセーフ!もう鍵をかけようとしてた係の人にムリムリ頼みこんで地図もらった。」

シエスタの時間のようです。ふと気づくと先に来ていた観光客の姿も消えていました。どこかのバルに吸い込まれたのでしょう。村人も気配はあるのですがみな屋内でひっそりしています。世界遺産の町で二人ぼっちになりました。初夏のような強い日差しが石畳に濃い影を落としています。

ボイ集落「サント・ホアン聖堂」

パンフレットの地図を頼りにボイ村に移動しました。残雪の山が青空に映えて美しく輝いています。

「シュウー!」

声のする方を見上げると…。

観光用でしょう,みな鉄板を切り抜いて作られています。

シエスタさまさま,またまたこのロケーションを二人占めです。

足元にサッカーボールが転がってきました。ふと見ると,昼寝を終えたのか数人の子どもがサッカーに興じています。

「☆◇※◎~!」

すいませ~ん…ですね。わかります。ボクはボールを拾って走ってくる子に投げてやりました。

「◇※☆◇※◎~!」

あざーす…ですね。子どもは世界中どこでも同じです。町を一回りして戻ると,ドレミの姿がありません。

あんなところにいました。何やら注文しています。

「シエスタなんだし,思い切って店の中に入ってみたら営業中だったのよ。」

店員を外に連れ出してタパス(一品料理)のメニューを指差すと,一生懸命英語に訳してくれたそうです。

「ビィフとポテイト(笑)にしたよ。それとクラーラね。」


正直に言うと,この旅行中の食事では,ここのビーフとポテトが一番美味しかったのです。第二位が朝,ホテルで食べたハムであとは平均を下回るハズレばかりでした。どうもフランスやスペインの伝統料理は味がぼんやりしていて江戸っ子の口には合いません。むしろボイやアンドラなど観光地のレストランの方が美味しく感じられるのは,ドイツやイタリアからの観光客向けにきっぱりはっきりした味付けになっているからだと思われます。


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