Apr.2012


まだ早朝のうちにモーテルを出ると,ポーの町は通勤ラッシュの時間帯。ボクたちは手作りサンドイッチの店を見つけ,サンドイッチとコーヒーをたくさん買って高速道路に戻りました。西への旅を続けます。

どのあたりからか気づかないうちに道路はバスク自治区に入ったようです。実は今回,ボクたちの旅の目的地はフランスでもスペインでもなくバスクにあります。ついに長年の夢だったバスクにたどり着いたという感激が少しずつ沸いてきました。

まず最初に大西洋岸に近い港町バイヨンヌを目指して来ました。司馬遼太郎さんが「街道をゆく/南蛮のみち」で拠点にされた町だからです。ボクもバイヨンヌから彼の足跡を辿ってバスクの旅を始めたいと思っています。


一方ドレミにとってはバイヨンヌが最大の目的地となっています。ガイドブックに「チョコレートの聖地」と書いてあったからです。聖地と言ってもドレミにとってその歴史はあまり問題ではありません。バイヨンヌには無数のチョコレート屋さんが軒を並べ,味を競っているという事実が重要なのです。心配事はただ一つ,今日が月曜日だということです。


ガイドブックによれば日曜には全ての店がお休み,月曜も休みのところが多いということです。チョコレート屋さんはどうでしょう。バルセロナからの途中で寄り道が多かったのも,せめて日曜日を避けてバイヨンヌに入るためでした。世界遺産の教会の前を通っても,ドレミは気もそぞろ,観光案内所を見つけて一目散に駆けていきました。



緑地帯に立ってボクは彼女を待っています。旅は行程の中間点に来ました。壁や窓枠を美しい色で飾るバスク特有の建物がエキゾチックです。ふと気配に振り向くとドレミが立っていました。

「やっぱり,チョコレート屋さんはみんな休みだって…」

目を真っ赤に晴らしてそう言います。


去年もこんなことがありました。札幌でお目当てだったチョコレートメーカー直営のカフェが閉まっていたときのことです。炎天下の大通り公園で人目もはばからずにポロポロ泣くですよ。泣くこたあないでしょ,たかがチョコですよ,チョコ。それでも,ボクとしては他にノーウエイ,対応は札幌でもバイヨンヌでも同じです。 ボクはてんで妻には弱いのです。

「わかった。今夜はここに泊まろう。明日,店が開いたら思う存分チョコレート買いに行けばいい。」
「えー,いいの?」
「大丈夫,峠にはここから日帰り旅行すればいい。司馬さんだってそうしたんだし。さ,まず宿を探そう。」
「やったー!!」

けろっ(←涙の乾く音)

「それがやっぱり観光地だからけっこう高いのよね。」

チョコレート屋マップの下から宿泊マップが出てきました。しかも,もうインフォメーションで質疑応答済みらしく,値段や場所が地図に書き込まれているではないですか。

「ええと,第一候補のこのホテルは川沿いだから…,ねえ,どっちから行けばいいの?」
「あっち」
「じゃ,行こ♪」
「はいはい」

なんだかうまく操られている気がしないでもありません。

それは第一候補のホテルがある川沿いに出る直前の横断歩道でのできごとでした。

ドレミは「後ろから誘導電波みたいにひっぱられた気がした」そうだし,ボクには彼女が後ろに目がついているのかと思えるほどしっかり決然とした足取りで,斜め後ろに歩いてゆくのが見えたのです。

ビルの中に吸い込まれたかと思うと間もなく飛び出してきました。

「シュウー!!どうしよう!」

ドレミの「どうしよう」は嬉しすぎてパニックになったときに出ます。打ち上げ花火がフィナーレの乱れ打ちになったときとか牧場で子馬の赤ちゃんがすり寄ってきたときとかです。

「ここ,あたしがガイドブック見ていちばん来たかったお店なの!!」

これはもう,チョコレートの神さまがドレミの後ろにご降臨されたとしか思えません。それから注意して歩いてみると,あっちでもこっちでも店を開けています。

ガイドブックに載るような人気店はそうそう休みにできないご時世のようです。EU化さまさま,この様子ならドレミが満足いくまでチョコレートを楽しめるので,お昼過ぎにはバイヨンヌを発てそうです。

かくしてドレミはひたすらチョコレート屋さんをはしごし始めました。路上に待たされる黒い目をしたJボーイは,インターミッションでご紹介した街撮りの迷作を大量に生み出すこととなったわけです。

チョコレートは17世紀に,フランスからヨーロッパ全土へそして世界中に広まりますが,最初にチョコレートが作られたのはスペインです。その歴史は,1528年,アステカ帝国を征服したスペインのフェルナンド・コルテス将軍が,薬用として使われていたカカオをスペイン国王カルロス一世に献上したことに始まります。その後,スペイン王室の菓子職人たちによってチョコレートが作られました。

そしてフランスには三つのルートから伝わりました。

一つ目は王室の政略結婚によってです。17世紀初め,フランス国王ルイ13世にスペイン王フィリップ2世の娘アンヌが,続いてルイ14世の元にマリア・テレジアが嫁いだときの花嫁道具の中にカカオがあったそうです。とくにマリア・テレジアは自分専用のチョコレート職人を伴って行きました。やがてフランス王室でチョコレートが爆発的ブームになるのは周知のことです。

二つ目は僧侶たちのプレゼント交換として,スペインの修道士からフランスの教会に伝えられたルートです。


どちらも特権階級だけのことで,庶民の口には入らなかったかと言うと,さにあらず,それが三つ目のルートです。同じ頃,スペインで迫害されフランスに逃れたユダヤ人たちが,バイヨンヌのバスク人たちに助けられたときにチョコレートの製法を伝えたと言われています。世界最初のチョコレート屋さんはバイヨンヌで誕生しました。バイヨンヌは世界中の甘党を虜にしたチョコレートの発信地なのです。


←お昼ごはんはキッシュ


←缶詰屋さん


「ツナ缶,色とりどり30個ください。」

…ボク関係の友だちへのお土産です。ボクの買い物は2分で終わります。

←営業中です。

日本で木の札を手に入れたのでしょうが,残念ながらことばの意味はわからないらしいです。

←地図を見てるとすぐに

「どこに行きたいの?」

と,聞いてくれます。フランス語だけど(笑)


←旅行者にやさしい。

↓愛犬家にもやさしい。


←全自動清掃の公衆トイレ


←町中の空車状況が一目でわかる駐車場


←バスが来ると自動で昇降する進入禁止のポール


↓ふんふん♪…と,こうしている間もごきげんにチョコ屋めぐりは続いてます。

「あー,マンゾク,マンゾク。ここはゴクラクかしら。」

最後にあの「神」のチョコレート屋に戻ってお茶にすることになりました。店の二階がカフェになっているのです。

まさかもうチョコは食べないよね。ドレミはあちらこちらのお店でチョコレートを買うたびに2つ,3つと試食しているのです。ボクなど店から出てきたドレミに「お土産」と,言われて口に入れられた試食チョコだけで,もううんざり,ギブアップです。

さて,カフェにて。オレ,塩昆布に緑茶…は,ないよね(笑)じゃ,コーヒー。

しかしてドレミの注文は…

「あたし,チョコレートケーキとホットチョコレート♪」

…あ,やっぱり。超人です。体がチョコでできているという噂はどうやらホントです。


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