Aug.2015

7.幸福な夕暮れ



駅前広場。

ようやく泊まる町の名が分かった。綴りはKaubだが,発音はカウプらしい。


ナビを信じて町に入ると,間違えようのない国道沿いにボクたちの二つ星ホテルはあった。

「ハロー!」

…と,ドレミは勢いよく扉を開けてチェックインに行く。


ボクも車を降りて,入り口の脇に貼ってあるレストランのメニューを見た。

うまそうなサラダに,おお!懐かしのシュニッツェル!!

ドイツ語がすらすら読めたわけではない。メニューのウインドウに液晶モニタが置かれていて,料理の写真を順々にスライドショーしていたのだ。

「今度こそ,白いクロスの野外テーブルね♪」

…と,言っていた妻にはかわいそうだが,今夜はこの宿のレストランでシュニッツェルに赤ワインと決めた。喉が鳴った。シュニッツェルとはトンカツのことである。ベルリンではビーフカツのことをシュニッツェルと呼ぶから,肉のカツの総称なのかもしれない。

中世の街


荷物を置いて散歩に出てみた。村の中央広場と思(おぼ)しき場所まで徒歩1分だった。どう見ても中世の町に迷い込んだような風景だった。そして,電線と車と標識,それにショーウインドーの液晶パネルまでが,なぜか景色に溶け込んでいる。


広場の真ん中にはお決まりの井戸。

ヒゲオヤジの口から目つきの悪い水鳥の首が出て,その鳥が水を吐いている。かなり趣味が悪いと言わざるを得ない。

井戸の上にはライオンが由緒を記したらしき石板を持っているが顔はそっぽを向いている。その様子が,愛犬を思い出させた。


「タロー,寂しがってるかな」
…まあな。

旅行中,あまり話題にしないことが二人の暗黙の了解になっていたが,異国の町で同時に同じような思いを描いた。ボクたちと愛犬は心がつながっている。

だが,三者の中でいちばん寂しがっているのは確実にボクである。


明らかに宗派を異にしていそうな教会が同じ建物につながっている。

 



駐車帯の車に並んで,奇兵隊か新選組でも曳いていそうなカノン砲が置いてある。18世紀後半くらいのものだろうか。すると反ナポレオン戦争のとき,この町で使われたものかもしれない。ピカピカの砲身は今でも球を放ちそうである。石のプレートには1571年とあるが,こちらは何の記念碑かがわからない。


駅の近くに案内板を発見!!もちろん,全く読めない。


階段が民家につっこんだり,道が家の下を通っていたり。

ドレミの作品集


ドレミが首から提げているミラーレスは伊達ではない。

X-E1 + XF27mmF2.8…強力である。

彼女もけっこうカメラを楽しんでいる。




以上6枚はドレミ作品。

ちなみに,ふつうに街角にあるこの塔も,16世紀前半とプレートに書いてあった。室町時代中期である。


ホテルの前から広場で直角に曲がり山の上に向かう道。

まだ,時間があるから車で行ってみようか。

…と,軽い気持ちで,ドライブに出たはいいが,町はこの先ですとんと終わっていて,すぐに峠に向かうワインディングロードとなった。一本道でUターンが難しい。ふと気づくと,それほどゆっくり走っていたわけではないのに乗用車数台の渋滞の先頭になっていた。

峠のバトル

上等じゃん。ヤーパンの峠族をなめんなよ!!

ダブルクラッチで4速から2速にダウンしながら浅いコーナーをクリアして一気に加速し,上り坂の直線で4速までシフトアップする。ミラーの中で四つ輪のエンブレムが小さくなる。峠なら大排気量のアウディより,ボクの1.2Lオペルの方が有利だ。すぐにブラインドのコーナーが来た。読めないので仕方ない。3速に落とし,さらにヒル&トウで減速しながら2速。快感のレブリミット。ステアリングを切ると四つ輪がミラーから消えた。3速,4速と戻して,スピードメーターを見ると100km/hを超えていた。

いかん,いかん。ドイツの田舎ドライバーを相手に大人げないまねをしてしまった。

…と,ミラーを見た。四つ輪が視界いっぱいに迫っていた。後続の数台もぴったりとついてきている。こちらの田舎道では制限速度がふつう100km/hである。彼らにとっては,ちんたら走っていたレンタカーがようやく制限速度で走り始めただけだったのである。まいった。まいりました。戦意を失うと,あとはもうライオンに追われるウサギ状態,へろへろになりながら,100km/h走行を続けるのが精いっぱいである。

村が近づいて制限速度の看板が80km,60km,40kmとどんどん遅くなった。ヨーロッパでは,ここにネズミ捕りが仕掛けられていることが非常に多い。村の入り口の広場で次々とご用になる。ボクよりも後続の地元車の減速の方が反応が早い。


とうとう峠の村まで来てしまった。

Uターン場所を探そうと,街中で右折した。

息を飲んだ。

EOS 5D MarkⅡ+ EF70-200mm f/2.8L USM

雨上がりの雲から漏れる夕日に,畑が光っていた。

EOS 5D MarkⅡ+ EF70-200mm f/2.8L USM

フランクフルトに着くとき,機上からもこの色が広がっているのが見えていて,気になっていたのだが,正体は小麦を刈ったあとの畑だった。雨に洗われてますます美しい。

EOS 5D MarkⅡ+ EF70-200mm f/2.8L USM

 


「あー!羊がいたたし近くまで行ってくるー♪」

「いた」と「あたし」の間がない。行動はもっと早かった。X-E1の設定を確かめながら走っている。

車に気をつけろよー!!

「はーい」



ほら,もうあんなに遠く…


車で迎えに行こうとすると,道の入り口の標識が読めない。進入禁止や一方通行ではないだろう。広域農道,農耕車優先という字だということにしておこう。

EOS 5D MarkⅡ+ EF70-200mm f/2.8L USM

 


羊たちは警戒心を顕わにしている。


妻が呼ぶと,好奇心旺盛な山羊たちが一列になってやってきた。


撮影:ドレミ

これは名作!!


旅行前,これまで置いて行ったことのない70-200(1.4kg近い望遠ズーム)を持っていくかどうか悩み抜いた末,一度は遠征メンバーから外した。腰の具合がとても悪く,重い望遠ズームが旅の負担になると考えたからだ。それにヨーロッパでは街撮りが多い。がんばって70-200を担いでいても出番は少ないと思えた。それでも最後の最後で機材に加えた。

それはきっとこの一枚を写すためだったのだと思う。

EOS 5D MarkⅡ+ EF70-200mm f/2.8L USM

明るいからピンと来ないけれど,もう7時半を回っている。そろそろ行かないと,レストランのラストオーダーは9時だ。

でも…

もう少しだけ,この幸福な夕暮れに遊んでいよう。

EOS 5D MarkⅡ+ EF70-200mm f/2.8L USM

 

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