Aug.2015

18.世界遺産の風車村


ボクはギターを爪弾きながらのエーデルワイスがオハコだ。個人的には大佐より上手だと思うのだが回りの評判は芳しくない。歌いだすと,妻どころか愛犬までが迷惑そうにする。その妻が爆睡している退屈な高速ドライブで,ついエーデルワイスのメロディが口をつく。

き~んでるだ~いく♪き~んでるだ~いく♪
え~ぶりもぉにんゆーぐりーとぅみー♪

我ながらやっぱりうまい。キンデルダイクとエーデルワイスは語呂が近い…ような気がする。キンデルダイクとは干拓用の風車が建ち並ぶという世界遺産の村である。

「 原則として世界遺産には近づかない」というのが,ボクの旅のモットーだが,さすがに遠い異国で当てのない旅の途中,ごく近くを通りがかったときに,妻から「行ってみたい。」と頼まれても頑なに拒むほど大事な信条ではない。

キンデルダイクに寄ることにした。にっこり笑って妻は寝た。ボクは眠気を歌で払いながら運転している。

市街地を出る前にと,ガソリンスタンドに寄ったら,あまりの高さに腰を抜かした。現在のレートのせいもあるだろうが,計算してみるとレギュラーがリッター200円近い。もちろん,CO2対策を始めさまざまな税に依るものだろうが,その代わりにほとんどの高速道路が無料なので,全体としてユーザーの負担は日本とそう変わらないだろう。むしろ料金徴収のための巨大システムの無駄や結局解消しない料金所渋滞がないだけマシなのかもしれない。

そろそろ高速を降りるのでドレミを起こしてナビを操作させた。キンデルダイクとは「ちびっ子堤防」ほどの意味らしいのだが,近い場所にナビの画面をスクロールしてもそれらしい地名が見当たらないと言う。

なあに,世界遺産だ。近くに行けば看板だらけ広告だらけだろう。

タカをくくり,見当をつけた辺りをナビの目的地に設定した。近くに行ったが看板も広告も皆無だった。


ドレミが町の人を見つけて猛ダッシュする。

「この辺に世界遺産なんかないよ。」
「さあ,見たことないけど」

お節介が次々と集まってきては,風車が並んでいるガイドブックの写真を覗きこむ。

ドレミとしてはボクの気が変わらないうちにたどり着こうと,もう,人影さえ見れば誰彼構わず走って行って必死に聞き始めた。ようやく,英語が話せて,かつキンデルダイクを知る人に当たった。

「ああ,川の向こう岸全体がほとんどその村だよ。へえ,世界遺産なの?あそこが…。」

しきりに感心している。


向こう岸に渡るには,むろん渡し舟である。もう慣れたものである(笑)



いかにも観光客らしき車もチラホラ同舟しているのを見て,柄にもなくほっとする。


渡し舟は反対方面が混雑している。もしかしたら,キンデルダイクから帰ってくる観光客だろうか。

ないないないない(笑)


キンデルダイク

船着き場を離れると,途端に車通りがなくなった。白川郷のように,駐車場まで車列が案内してくれるものと想像していたので戸惑った。入り口とか大駐車場とかお土産屋さんの集まる広場とか「ようこそ世界遺産のちびっ子堤防へ!!」の大看板とか…何かそういうのはないのだろうか。

このままでは村を外れてしまう!仕方ないので何もない角を曲がって小道に入ってみた。一面に湿地が広がり,遠くに点々と風車が見えた。裏口からいきなり世界遺産のただ中に迷いこんでしまったようだ。

EOS 5D MarkⅡ+ EF17-40mm f/4L USM

進んでいいものかどうか戸惑っていると,車の横を一人の体格のよい初老の女性が追い抜いて行くので聞いてみた。

キンデルダイクにはこの道を行ってもいいのでしょうか?

「え?ああ,もちろん,どうぞ。あっちよ。ほら,見えるでしょ。」

以上,互いに言葉が通じないので,完全身振り手振りのパントマイム会話である。

地元の人のお墨付きなので通行禁止ではないのだろう。車をゆっくり走らせたが,さすがに回りがこの景色になってきては気後れして進みにくい。それに車を降りて歩いて撮影したい。あたりには人っ子ひとりいないので聞きようもない。もはややむなし,ボクは車をぎりぎりに寄せて世界遺産に路駐した。

EOS 5D MarkⅡ+ EF17-40mm f/4L USM

それでは世界遺産散策に出発!!

まるで絵本の中のような風景を二人っきりで歩く。水路にはアオサギがじっと魚を狙っている。遠くでときどき牛が草を食む場所を変える。稼働している風車がゆっくりと軋みながら回る。

EOS 5D MarkⅡ+ EF24mm f/1.4L USM


1キロほども歩いただろうか,水路が交差し,小さな橋がかかっている場所にたどり着いた。停めた箱バンのカーゴスペースに飲み物やサンドイッチを並べ,横にパラソルを立てて椅子を置いているカフェが営業中だった。

ボクらの見た範囲では世界遺産で売っていたものはそれだけだ。入場券もキンデル人形もダイク饅頭も風車のミニチュアも売っていない。そもそも世界遺産で儲けようという気がないように思われる。


ここまで来ると,カメラを持った観光客もちらほら歩いている。橋を渡った先に正面入り口のようなものがあるのかもしれない。

道の入り口でパントマイムを競った女性が橋のたもとにやってきて,箱バンのカフェのオーナー(たぶん,地元の暇な年寄りだろう)と話している。大きな声で笑ったかと思うと,オーナーに手を振って,また来た道を戻ってゆく。当然ながら,一本道を同じ方向に向かう歩行者だったので,さきほどは「乗っていきませんか?」と誘った。彼女は手をひらひらさせてその申し出を固辞して歩いて行ってしまったのだ。


だが,まさかここまで歩いてくるとは思わなかった。彼女の足は速いが,それでも片道30分以上はかかる。見たところ,箱バンの年寄りと世間話する以外に所要はとくにない。

見る間に来た道を戻る彼女の姿勢のよい背中が小さくなってゆく。ずいぶんと豪快な散歩だ。ボクたちもそれを追うように帰路についた。

風車の家々にはみな人が住んでいて,ふつうの生活が感じられる。

キンデルダイクの風車は18世紀中ごろに建設された。干拓したポルダー内の水を汲み上げて,高地の運河に排水するという当時のオランダの高度な治水体系の根幹システムである。現存する19基が今も稼働中であるという。

「あっ!!」

…っと,ドレミが思わず声をあげる。木陰から小川を望遠レンズで狙ったときのことである。

「その構図,行きにあたしが見つけて,ナイショにしといたのに見つかっちゃった。」

そういうことなので,ここは彼女のショットでどうぞ。

X-E1 + XF27mm f/2.8(ドレミ撮)

観光名所嫌いのボクをここまで誘導してくれた妻には感謝せねばなるまい。

このままのんびりと夕日を待っていたかった。夕焼けにシルエットの風車はどんなにか美しいだろう。だが,この地の夏の夕焼けは午後10時近い。

EOS 5D MarkⅡ+ EF17-40mm f/4L USM

それに,例によってボクたちは,まだ今夜の宿も決まっていない。

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