03/北条寺

Oct, 2021


三島から車に自転車を積んで韮山に向かう。清水町と韮山の間に江間という場所がある。伊豆中央道の有料区間である日守山トンネルを迂回するルートにあたるので,ボクたちは本当に大袈裟でなく50回以上は江間地区を通っている。ハウス栽培のいちごで知られている。


二代執権北条義時は江間四郎の名で歴史に登場する。おそらく頼朝は挙兵とほぼ同時にこの地を攻略し,義時に所領として与えたと考えられる。 国道と伊豆中央道に挟まれた小さな県道の、見逃しそうなほどに小さな看板を西に折れると義時が創建した北条寺がある。

墓地の南に小山があってその頂上に義時夫妻の墓がある。地味な幟が立つだけで日曜というのに他に参拝者も観光客もいない。 

「真田丸」の信州上田も「龍馬伝」の高知や「西郷どん」の鹿児島も,放映前後には資料館や展覧会が開かれてお祭り騒ぎだったようだ。「天地人」の越後上田には観光バスが押しかけ,雲洞庵には専用駐車場が設けられていた。自治体の観光課が大河とブラタモリの誘致に躍起になるのもムリはない。ボクたち中高年の観光客には大河とブラタモリがいちばん効く。首尾よく番組が来れば、史跡の保護にも文教予算だけでなく観光振興予算が下りるだろう。

伊豆の国市でも例にもれずタイアップのイベントが企画されていたのだと案内してくれるCさんの奥方Miちゃんは言う。

「こないだの選挙で積極派の市長が落選して反対派の候補が当選したのよ。」

進行中だった関連イベントは新市長によってちゃぶ台返しされた。北条義時の不人気と無縁ではないだろう。

たいていの物語で義時と姉の政子は源義経や畠山重忠など人気武将追討の黒幕として登場する。さらに頼朝の死後にはその親族,有力な家来,幕府成立の功労者たちを次々と殺害し,最後には実父時政をも陥れて追放する。


蘇我入鹿,足利尊氏,小早川秀秋,大久保利通…名だたるヒールは数あれど,この姉弟の悪さには遠く及ばない。伊豆の国市長が二の足を踏むのも分からないではない。ここまでブラックな人物が果たしてドラマの主人公として成立するのだろうか。



義時夫妻の墓…まこと睦まじい風情で並んでいる。が,この妻は「伊賀の方」と呼ばれた後妻である。政子・義時のブラック姉弟は頼朝の死後,後継者を巡って正妻「姫の前」の実家と対立し滅ぼしている。「姫の前」は離縁されて京都に上った。彼女にとって権力闘争に巻き込まれなかったことはむしろ幸運と言えるかもしれない。後添えとなった「伊賀の方」は義時の死後にやはり縁者が政子と対立したため,鎌倉からこの地に流されて幽閉され,半年を待たずに獄死したとみられる。


史実を曲げないで義時をヒーローとするならいったいどういう解釈が可能なのだろう。だが皆々さま,「鎌倉殿の13人」はすでに収録が始まっているのだ。おそらくは三谷さんにはNHKに企画を通すだけの説得力を持つ前代未聞の秘策があったに違いない。

江間から長岡に入り温泉饅頭の老舗黒柳に立ち寄る。


伊豆長岡温泉の開湯(古奈地区)は奈良時代の720年頃,伊豆箱根地区でも屈指の歴史を持つ名湯である。そしてもうひとつ,日本一の温泉饅頭激戦地として知られている。柳月,黒柳,あさ香,あやめ園,佳月園,つず美湯元園,ひと花…老舗7軒が味を競っている。


ボクはCさん夫妻の影響で黒柳派である。…長岡を通るときには必ず寄って買う。お土産を買うドレミを待つ駐車場で,ふとCさんたちはなぜ黒柳を選んだのだろうと思ったので聞いてみた。理由は単純だった。現在の店主がCさんのお兄さんの友だちだからだった。


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