07/ビート

Nov, 2012

地方は疲弊している。

ボクはもう30年近くこんな旅をしているのでよくわかる。人々の暮らしがたつようにするのが政治の仕事なら,それを怠ってきた失政のツケが回ってくるのはいよいよこれかだ。

韓国や中国の地方はもっとひどい…朝鮮半島の労働人口の90%はソウルに集中していると韓国の友人は嘆いていた。中国の田舎では木炭車が現役で,スズキの125CCバイクには曲芸のように6人乗りがふつうだった。その横を都会から遊びに来ている最新型のメルセデスが抜いてゆく。北京や上海やソウルだけが富んで地方はどんどん貧しくなっている。

収穫の終わった美幌のとあるビート畑である。ドレミのたっての希望で,クマのパパが知り合いの農家に見学を頼んでくれた。ビートは順番がくるまでこうして野積みされている。

日本人は日本製のものは何でもクオリティが高いと思っているフシがあるが,少なくともコメ以外の農作物についてはそうではない。小麦粉も砂糖もジャガイモもニンジンも乳製品もアメリカやカナダ産の品質にはまだまだ及ばない。価格ばかりか品質でも劣る農作物が,TPPによるノーガードの殴り合いで勝てないことは火を見るより明らかである。自由で平等な競争の結果,日本産の高い野菜や乳製品は淘汰され,消費者は美味しい外国産の食品を安く買うことができる。

それは消費者にとって本当に幸福なことだろうか。

製糖工場である。一帯の農家がひと夏丹精込めたビート(甜菜)はここに運び込まれる。この工場が閉鎖されれば,ビートの畑も消え,農家も立ち行かなくなる。季節とともに集まっていたダンプも姿を消し,ドライバーが宿泊していた民宿や旅館も客を失ってつぶれていくだろう。

北海道の開拓時代,大志を抱くことと農業技術を教えてくれたのはアメリカ人ですが,その後,日本の農家はコツコツと品種改良を積み重ねて,ようやく現在の品質にまで到達した。それはきっと夢があったからだと思う。日本の農業はまだまだみんなで守り育てていかなければならない水準である。ボクたちにビート畑を見せてくれた農家の主人は今年80才,二人の息子は東京で働いている。

「今年はたまねぎが当たって,ここらあたりの農家はみんな車を買い替えた」…なんて話がごろごろ頻繁にないと若者は戻って来ない。高齢化で苦しむ農業にTPP参加はとどめを刺すだろう。

TPPを結んだ国々の全部が得することはありえない。得する国もあれば損する国もあるだろう。そもそも国単位で全体として損得を考えることに意味があるのだろうか。要するに締結した国々の強い産業が勝ち,弱い産業が負ける,大企業や都会が富み,地方が貧しくなるだけではないだろうか。

ボクが魅せられている道東の風景の美しさは農家や酪農家の夢や活気が作っている。美しい風景は夢や活気そのものと言ってもいい。

ボクは日本のTPP参加に反対する。

目次へ08/根釧台地