07/白い恐怖(1)

Aug, 2009

「あー!砂川SAのスタンドは20時閉店だって!どうしよう!」

ハイウェイガイドを見ていたドレミが助手席で叫んだ。それが背筋も凍る恐怖の舞台の幕開けを知らせるベルだった。

ボクたちは夕暮れの道央道を北上していた。寝場所に決めていた旭川まで,燃料が持つかどうか微妙なところだったので,直前の砂川SAで給油を予定していた。そのスタンドがもう開いていないと言う。せっかく旭川まで1000円なのに残念だったが,大事を取って美唄のインターを流出した。こんなきっかけで,新たな風景に出会うこともよくあるし,旭川まで国道をゆくのも一興だ。

最初に異変に気づいたのは,遠く街の灯火にガソリンスタンドの看板を探していたドレミだった。街灯に群れる虫,それはありふれた光景だが距離に比して妙にはっきりと見えたらしい。やがて町外れの国道に出た。秋が来たのかとボクは思った。まるで晩秋の銀杏並木を走っているかのように無数の葉が車の風圧で舞い上がり視界を妨げる。信号で停車したときドレミが悲鳴をあげ,同時にボクもそれが落ち葉ではないことに気づいた。

白い鋭角三角形の姿もおぞましいマイマイ蛾が街灯を暗くするほど群れ飛んでいる。びっしりと羽を重ねてとまる蛾のために支柱が見えない。街灯がみな生き物のように揺らめく。投光された看板は半分ほどが蛾に埋まって見えない。車に跳ねられたり,踏まれたりした死骸は落ち葉のように道をうずめている。

強い光で浮かびあがるガソリンスタンドの光景は,まるでパニック映画を見るようだった。ふだんなら間違いなくパスするところだが燃料の乏しい身としては背に腹は代えられぬ。目をつぶるようにして,蛾のカーテンに車を入れた。

「にゃろめ!にゃろめ!」

まとわりつくマイマイ蛾を,平気で払ったり踏みつけたりしながら,初老の係員が近づいて来たのでほっとした。こんなときの客を迷惑がっていたとしたら申し訳ないと思っていたからだ。

「にゃろめ!にゃろめ!」

にゃろめと聞けば親近感のわく昭和世代だ。ボクはパワーウィンドウを慎重に操作して5ミリほど窓を開けた。

「いらっしゃーい。」

聞けばマイマイ蛾パニックはこれで3日目だと言う。天候が回復し,北海道に遅い夏が訪れた日から,夕暮れとともにマイマイ蛾の大群が町を襲っているそうだ。短い会話をする間にも車の窓が蛾の腹で埋まってゆく。にゃろめおじさんは慣れた手つきでそれを払いのけてくれる。

「にゃろめ!にゃろめ!」

料金も5ミリの隙間から払った。ボクらは一目散に町を後にして道央道に戻った。暮れ残る空に尚も灯火を目指す蛾の群れが渡り鳥のように飛んでゆく。しかし,ボクたちにとって白い恐怖はこれで終わりではなかった。

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