40/遭難(1)

Aug, 2009

納沙布岬の霧は日が昇っても晴れない。待ちくたびれたボクたちは国後を見ることはあきらめて,半島の北側を根室市に向けて戻ることにした。

海岸線に「海のチャシ跡」という小さな看板を見つけて車を寄せた。小さな草原の岬があって,その突端に遠くそれらしき標柱が立っているのが見える。草丈は深いが,道の痕跡が標柱に向かっている。

「ジーンズに履き替えろ。あそこまで行ってみるぞ。」

ボクはこういう遺跡にも弱い。チャシはアイヌの砦のことで,ここは海の見張り台だったに違いない。

画材のリュックを背負い,カメラバッグもレンズ3本の準フル装備。ドレミはお菓子にお茶,文庫本とレジャーシートを担いで,いざタローを先頭に草地に分け入った。

草の海に島のように点在するブッシュの脇をいくつか通り抜けると,草丈は股下に迫ってきた。植生は原生花園に似ていて,春には美しい花の散歩道なのかもしれない。真夏の今は散歩というより探検に近い。

タローだけが嬉々として跳ねている。本当に跳ねている。草が深いので,タローの背丈では視界がきかないために,ウサギのように連続ジャンプして進むのだ。

10mほど先行しては迎えに戻ってくる。ボクとドレミはタローの踏み分けた何本かの道のうち,標柱に向かっているものを選んでは前進する。岬のはずだが霧が立ち込めて海も崖も見えない。画材もカメラもお菓子もこれでは何の役にも立たない。

何とか標柱に辿り着き,振り返って愕然とした。国道どころか目印にしたブッシュすら見えない。霧が再び濃くなってきているのだ。

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