視界はもう10mを切っている。
「来た道を戻れば大丈夫よ。」
と,足下を見れば,タローが何度も行ったり来たりしているので,迷路のようにやたらと「来た道」がついている。
そのうちの1本を選んで少し歩くと,背後で標柱が霧の中に消えた。進退窮まる360度霧の壁。お盆のように平らな草地で三方は30mはゆうにある断崖の海のはずである。
国道から300mもない場所だが,この状況は遭難ではないだろうか。
霧の中からタローが現れる。「早く行こうよ。」と促すように足下で反転して先に立つ。犬の能力を信用するしかない。来たときと違って,ボクたちが車に戻ろうとしていることは分かっているはずだ。
タローに従って草の海を進んだ。じっとりと水滴がまとわりつき,茨が足首や腕を傷付ける。荷物が肩に食い込む。
やがて霧の中に見覚えのあるブッシュが浮かび上がり,それを過ぎると,道路脇に停めたボクたちの車が見えてきた。
た,助かった。ドレミとタローは今ひとつ事の重大さに気づいてはいない。
「あー,疲れたね,タロー。」
と,濡れた衣類の後始末などしている。