Aug.8th, 2018
7.パッサウ☆クライシス
ホテルパッサウ
ドナウは滔々(とうとう)と流れアウトバーンA3は幾度となくその大河を跨ぐ。やがてボクたちのイビサFRは南ドイツ最東端の町パッサウに入った。
ホテル予約サイトでは当日になると空室の残っている宿屋からお得物件が出る。今夜予約した「ホテルパッサウ」もエアコン有で検索していて偶然見つけたお得な宿である。
駅前のシティホテルで普段ならとてもボクたちの予算で泊まれる値段ではない。浴室にはバスタブもある。
「わー,洗濯しやすそう。」
素敵な部屋に入ったときのリアクションとして,まず洗濯とはいささか実務的すぎるのではないだろうか。
今夜は少し時間が遅いので洗濯が終わったところで真っ直ぐにドナウにかかる橋まで歩いて夕日を待った。閉店間際のドラッグストアやデパートであれこれ買うものを物色していたドレミもすぐに橋の上に合流して来た。
「なかなか焼けないねー。今日はダメかなー。」
とドレミが欄干に頬杖しながら言う。
そだな。8時20分まで待とうかな。いい?
「もちろん,何時でもいいよ。」
…本当は夕焼けなんかしなくてもいい。異国の夕暮れ…橋の上。二人で夕日を待つ時間が楽しい。
遊覧船が橋の下をくぐって上流に向かった。ドナウ川の遊覧船はライン川よりずっと巨大だ。おそらく国境を越えて何日も何十日も旅するのだろう。
とっぷり暮れたところで町にレストランを探しに行った。にぎやかな店があっさり見つかった。9時を回っている。
シュバイネハクセ
少しクセのある地ビール。
さて料理である。おすすめの郷土料理と言うとシュニッツェルと例の丸いビーフが出てくることは必定である。今夜は何としても違うものを食べたい。ふと隣席を見ると30代の夫婦ができあがっている。英語も通じそうである。
「召し上がっている料理の名前を教えてください。」
狙い通りお人よしのカップルだった。ドイツ語のメニューからそれぞれの料理を探してくれた。ご主人が食べている肉については「豚のモモだ。」「いえスネよ。」と意見が割れた。シュニッツェルでなければノープロブレムである。
「おんなじのお願いします。」
ウエイトレスはにっこり笑ってうなずいた。
奥方の食べていた料理はサラダだったが,鶏の胸肉が載っていてけっこうボリューミーである。
そして…。
ぬわー!!何だ!これはー。
動揺を隠せない。
シュバイネハクセというバイエルン地方の料理であった。豚の足を塩漬けしたあと茹でてさらにローストしてある。どうやら奥さんの言った「スネ肉」が正しかった。
解体したところで胸がいっぱい,ギブアップ。ごちそうさま。
「あははは。面白かったね。」
酔って千鳥足,ドイツには珍しく今夜も暑い夜である。が,ボクたちの泊まるリッチなホテルはエアコン完備である。
ホテルの玄関の灯りに無数の蛾が集まっていた。前を20代のカップルが歩いていて女の子が悲鳴を上げるかと思いきや二人とも無視してロビーに入って行った。悲鳴を上げたのは続いて玄関に差し掛かった日本人夫婦である。
「ひょえー!!」
…特に男の方がだらしない。
「うひょー(;^_^A」
蛾はなぜか逃げ回る人を追う。
一方,この国の人々は総じてこの光景に動じない。料理にたかってくる蝿にも無頓着である。
撮り鉄
朝からドレミは買い物に忙しい。ゆうべ日の入り前に目星をつけていたドラッグストアやデパートに出撃してゆく。
これが1回目の戦利品である。お肌に優しいセバメドのボディミルクはお土産にわかるとしてバナナチップ?なぜにバナチ。
「だって安くて美味しそうだったんだもーん。」
ちなみにこのバナチ,帰国して2週間立つ現在も未開封のまま我が家の菓子棚に並んでいる。
「また行ってくるー。」
今度はパンを買いに行った。駅前なので駅そばならぬ駅パンが豊富だ。しかしボクらの朝ごはんにはちとボリューミーに過ぎる。
ドレミは迷った挙句,恐ろしくつまらないパンを買って来た。
「また行ってくるー。」
駅の向こうにスーパーがあるから行ってみると言う。駅を抜けるならとボクもついて行く。
ドイツで撮り鉄である。
行き先は西に東にフランクフルト,ケルンそしてリンツ,ウィーン。おお!懐かしのコブレンツ行きもある。
15分に1本くらいなので地下階段を使って忙しくホームを移る。瞬発的な運動にはボクの腰はそれほど支障がない。むしろホームに立って待つときが痛い。
大事件
チェックアウトのとき,壁に東京時間の時計がかかっていることに気づいた。東京~ロンドン~ニューヨークと現地パッサウの時計が並んでいる。そういう時代も確かにあった。
割引券をもらって隣接する地下駐車場へ向かう。事件はここで起きた。たいていボクは先に行って荷物を積んだりエンジンをかけたりするのでいつも駐車場の清算はドレミがひとりでする。手慣れた手つきで精算機を操作するドレミ。その肩が凍りついた。
どうした?
「間違えてお金のところにクレジットカード入れちゃった…」
えー!?
返却ボタンを押しても反応がない。次の客が来たので概要を説明しつつ順番を譲ると現金でサクサクと清算できた。結論…クレジットカードは機械の現金箱に落ちてしまった。
って,わー!!クレジットカードだぞ!!
外国においてはクレジットカードが時にパスポートよりも身分を証明する。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。どうしよう!!」
ホテルに戻って管理会社に連絡してもらえ!
ドレミは風のようにフロントに引き返していった。
機械のクレジットカード投入口には各社のカードのマークが示してある。一方,現金投入口にはユーロ札の絵が貼ってある。幼児でもわかる。
こんなのどうやったら間違えられるんだろう(;^_^A
ドレミがダッシュで戻って来た。
「精算機のところに電話があるからそこから電話しろって。」
電話?…ない。車の出入り口なら必ず連絡用の電話かインターフォンがあるはずだ。行…。
言葉が終わらないうちにまた走って行った。腰痛のボクは大きなトランクと荷物の間にしゃがみ込んでカードが戻らないときの善後策を考えた。その1,あくまでここで待つ作戦。ホテルにボクが行って,何とかしろと言葉の不自由なわがまま外国人を演じてねじ込みフロントから管理会社に連絡させて待つ…現実的な作戦である。その2,カード会社に連絡してカードを無効にする。これはすぐに手続きされるはずだ。その上でボクのカードで精算して出発する。時間はセーブできるが,すでにドレミのカードで予約してある例えば今夜の宿のこと,遺失物となるであろうカードのことなど後始末がタイヘンそうである。
悩みながらぼんやりと機械を見ていると,
ん!?
電話はないが電話の絵はあった。幼児でもわかる(笑)そのボタンを押してみると即応答があった。やった!連絡がついた。ボクは通話口に向かって機械の中にクレジットカードが入ってしまった。すぐ来てほしい。と英語でまくしたてた。通話口から
「あなたの言葉はよくわからないがすでにたぶん同じ用件で係員がそちらに向かっている。そこで待ってほしい。」
と冷静な返事が来た。ドレミが重い駐車場のドアを開けて戻って来た。どうやら先に管理会社に電話が通じていたようだ。
10数分しか待たずに係員が来てくれた。欧州としては奇跡的な早さである。機械を開けてもらうと果たしてお札の間からドレミのカードが出てきた。急遽駐車場の清算を現金でしたらドレミの財布には50€と100€紙幣しかなくなった。ボクは慌てて自分の財布の少額紙幣を7€(910円)ほど集めてお礼に渡そうとした。
…が笑顔で強く固辞された。レストランでチップを渡す習慣に慣れて勘違いしていたが,こういう場合,チップは不適切のようだ。しかしそれではボクたちの気持ちがおさまらない。
そうだ!!
ちょっとしたお礼のときに使おうと思って持ってきたお菓子を袋ごと差しだした。彼女は困った顔をしたが結局笑顔で受け取ってくれた。
名古屋で最近流行りの「しるこサンド」。この春からボクがはまっているビスケットである。買い込みすぎた分を荷物に入れてきた。思わぬところで大活躍と相成った。
カメラに向かってチョキを出しているドレミには反省の色が足りない。
三大河
半日は覚悟した大事件がスピード解決したので三大河の合流点となっているパッサウ東端の洲に観光した。またまた駐車場から出たところがこの町並みだった。富裕な人々の避暑地になっているらしい。
大事件の責任者はもうすっかり立ち直ってるんるん観光客になっている。
ドナウに出た。北の対岸に巨大な城館が見える。これだけの交通要衝である。おそらく川中島なみの合戦の歴史がありそうだが,看板の英語は川の説明ばかりで歴史には触れられていなかった。
洲の先端が見えてきた。左がドナウ川,右がイン川。
そしてさらに左手(北側)からイルツ川が入って来ているはずだがあいにく豪華客船が停泊中で河口が見えない。テラスには洗濯物が干されている。何日くらいこうして優雅な船旅するのだろう。自由な旅を好むボクには全く理解不能な旅だがあるいはもっと年を取るとよさが分かるのかもしれない。
三大河が合流して東に流れていくドナウ川。リンツ,ウィーンから懐かしのブダペスト,ノヴィサドを経てブカレストの東で黒海に注ぐ。
何もないところだが人気の観光地らしく家族連れの姿が多い。ボクたちは大型犬を連れた人より,幸せそうな家族連れを見たときにより強くタローを想う。青森や京都の観光地をタローと三人で闊歩したのはつい半年ちょっと前である。
イン川沿いを町まで歩き車に戻った。今日は国境を越える。