Aug.8th, 2018
14.ノイシュバンシュタイン
ミュンヘンのレストラン
ミュンヘンに向かうことになったのは全くの偶然だった。
サウンドオブミュージックのロケ地を回り終えたところで,またボクたちの旅は予定のない風任せに戻った。ボクはザルツブルクに入る前に通った湖水地方があまりにも美しかったので,教会を訪ねたモントゼーに戻って一泊したいと思っていたのだが,天気予報を見ると明日は天気が崩れることが分かった。しかも東,つまりオーストリア側ほど天気が悪い。ここは回復の早いドイツへ戻る一手だろう。雨の日は大都市に限る。近くの大都市がミュンヘンだったので今夜の宿を予約した。ドレミが小躍りして早速,ガイドブックでミュンヘンの名物料理を調べ始めたことは言うまでもない。
さて,道はそのまま西へ向かえばよいものを,狭い峠道を走るのに少し疲れたのでザルツブルク経由で高速道路を使おうと,いったんオーストリアに戻ったのが失敗だった。
あいにくこの日は日曜日。ザルツカンマーグートやザルツブルクからドイツに戻る観光客の渋滞に巻き込まれてしまった。
ようやく国境を再度越えられた。
国境を越えるときにナビに新しい国の制限速度が表示される。
ちょっと渋滞がひどいとすぐにナビが一般道を案内するが,非市街地は100km/hで計算してのことなのでよほど一生懸命走らないと渋滞する高速より早くは着かない。ましてこんな景色に見とれて写真など撮っていては遅くなる一方である。
結局ミュンヘンに着いたのはもう夕方遅くだった。
宿は町外れのビジネスホテルである。明日,雨の午前中,ここに車を置かせてもらうよう交渉し,電車やバスで中心街へアクセスする狙いだ。二つの美術館を回って戻り,午後には車で強制収容所跡を訪ねる計画を立ててある。
このビジネスホテルにレストランはなく,郊外のバイパス沿いなので他のお店も期待していなかったのだが,歩いて5分のところにドイツ料理屋があると聞いて勇躍でかけた。
何だか期待の持てそうな店構え。
このレストランが忘れられない思い出の場所になった。
まず注文を取りに来た店主らしきおじさんにドレミが途々調べてきたミュンヘンビールをガイドブックの写真で次々と指さした。
「ない」「これもない」「それもない」
とうとうミュンヘンでいちばんメジャーでありふれたビールを指さしてもやはり
「ない」
と言うものだから,もう驚いたドレミが噴き出し,それからおじさんも笑ってしまった。察するところ凝った地ビールは置いていないアサヒビールの店で,キリンビールがなかったという感じであろう。ビールはあるものを二つ頼み,今度はドレミが白ソーセージを指さした。ガイドブックにはミュンヘンのソウルフードとまで書いてある。
「ない」
傑作だった。ボクも「あははは」と声をあげて笑ってしまった。こちらは渋谷の大衆食堂にはもんじゃ焼きが置いていないのと似ているかもしれない。東京の人間はみんな小さい頃からもんじゃ焼きを食べていると思われているが,少なくとも渋谷生まれのボクは40才を過ぎるまで食べたことがなかった。
この時点でガイドブック写真指差し作戦が裏目に出て,おじさんもドレミも互いに英語が通じることを知らない。あとはほぼボディアクションと勘が頼りののコミュニケーションとなった。
「ウチの女房(シェフ)の得意料理はこれとこれだよ。(推定)」
「それとそれ下さい。(伝わった)」
運ばれてきたのは赤ソーセージのカレーソースと普通のシュニッツェルだったが,奥さんの腕は確かだった。
名シェフの奥さんもお客さんが切れてテラスで寛いでいる。彼女といっしょにフレンチブルドッグが出てきて席の間を歩き回りしきりに愛嬌をふりまいていた。呼ぶと足許にやってくる。ドレミに叱られながらボクはソーセージの切れ端を口で塩抜きして与えてしまった。懐かしい感じがした。よくこうしてタローに人の食べ物をやってはドレミに叱られた。
ミュンヘン郊外で小さなレストランを切り盛りしているこの夫婦に自分たちが重なった。フレンチブルはこうして一日夫婦と一緒に仕事をして一緒に家に帰るだろう。そして週末には家でシャンプーしたり出掛けたりするだろう。
明け方,眠れないドレミがベッドの中で泣いていた。肩が震え涙が滝のように落ちた。旅に出てからは初めてのことだった。きっとボクと同じ思いでフレンチブルドッグと夫婦を見ていたのだろう。この旅の中でボクたちは少し強くなるはずだった。
なぜか快晴
ホテルの隣りが工事現場の空き地なので景気よく部屋に朝日が差してきた。
驚いて天気予報を見ると晴れマークに変わってた。
雲一つない。
「よし!ノイシュバンシュタインに行く!」
「えー!?」
さすがにこの展開にはドレミの涙も吹っ飛んだ。観光地と雑踏が苦手なボクがノイシュバンシュタインに行くとは微塵も期待していなかったからだ。
観光地は苦手だが快晴の日に美術館や博物館に行くのもボクのスタイルではない。そしてタローを恋しがって泣き明かした朝にはノイシュバンシュタインがふさわしい。
そうと決めたら一分でも早く出かけなければならない。大観光地には朝のうちに入るのが鉄則である。ボクたちは急いで隣りのスーパーに朝ごはんを買いに行った。
こういうときのドレミの行動非常に速い。コーヒーもスープもホテルの販売機で買った。
準備と並行してそれぞれ手の空いているときに朝ごはんを食べる。
30分後には南へ向かう高速の上にいた。
ナビとグーグルマップを駆使して裏道とおぼしき方向からアプローチする。
城が見えてきた。
ボクはことさらにはしゃぐ。
ウルトラ観光地
駐車場にはまだ余裕があったが並び始めた車列を見れば30分後には満車になることは明らかだ。
いざ!出撃。
婦人用トイレの列も待てないほどではない。
シャトルバスの乗り場へ急ぐ。
城内見学ツアーのチケット売り場は長蛇の列。最後尾の貼り紙に現在販売中のチケットは午後6時半の分だと書いてある。もとより歴史的には重要でないこの城の中を見物することは望んでいない。
ペット禁止の看板をこの旅で初めて見た。大観光地だけあってさすがに犬はシャトルバスには乗れないようだ。
バスを待つ間,交代でしゃがむ。立っている方が日陰を作る。旅も一週間。ドレミの腰も限界に近付いている。
並んだのは15分か20分くらいだったろうか。
ボクたちの直前でタイミングよく1号車が閉まり,2号車の座席に座ることができて一安心。腰を休められる。
車窓から犬を連れて歩いて登る人が見えた。備中松山城のシャトルバスにも津和野城のゴンドラにも乗せてもらえずにボクらはタローを連れて歩いて登った。少しも辛いとは思わなかった。
バスの終点から展望所となっているマリエン橋に向かう。ボクは修復間もない頃に一度訪れていてこれが二度目だが前回は冬だったので橋まで行けたのかどうかの記憶もあいまいだ。
さすがに世界中の人が世界中のことばで話しながら並んでいる。
並ぶこと10分ほどで橋が見えてきた。
橋の上で日本人のカップルに声をかけて写真の撮りっこをした。ドレミの頭と城がかぶっている。ボクの撮った彼らの写真はたぶん額に入るレベルだろう(笑)
ノイシュバンシュタイン(新白鳥城)はバイエルン国王ルートヴィッヒ2世が17年の歳月と巨額な費用をつぎ込んで建設した。彼の中世へのあこがれを具現化したもので実戦用には作られていない。
超広角レンズに変えて珍しい画角で一枚。左手の崖をなめてもう一枚。
「はい,そこまでー♪」
ドレミがレンズの前にチョキを出して邪魔をする。
EOS 5D MarkⅢ + EF50mm f/1.2L USM
石州瓦よりなお明るい紅色の屋根瓦がこの地方の特徴らしい。
駐車場にボクたちのイビスFRが見える。
積乱雲はなぜいつも犬の姿をしているのだろう。
ドローン禁止の看板も何やらクラシックなデザインが素敵だ。
城の方へ行ってみよう。
城を撮るならやはり真下ではなく遠目が良い。
東京ディズニーランドにあるシンデレラ城はこの城をモデルに作られたと聞くが,ボクは開園当時に一度行ったきりでシンデレラ城もよく覚えていない。
今日はドレミも腰がつらそうだ。
バス乗り場まで戻ると,マリエン橋の列がバス停まで伸びてきていた。この様子では1時間以上待ちそうだ。ボクたちはバスの列も橋の列も短く済んだがあと少し遅れていたらいずれも大変だったろう。朝急いだ甲斐があった。
麓まで下った。
ドレミの撮った馬。
駐車場の車まであともうほんの少しが歩ききれない。しゃがんで腰を休める。その間にドレミが駐車料金の精算に行った。車に戻ったら駐車場に向かって二重三重にますます増える車の列をいかにかいくぐってここから脱出するかを考えなければならない。