01/プロローグ

Feb, 2009

ボクにとっての北海道の入り口は,東北道を徹夜で走破してたどり着く青函フェリー埠頭だ.だからANA741便が高度を下げ,雪雲の切れ間から湿原が見えたとき,どうしてもそれが現実の釧路湿原とは思えなかった.

 

900キロを超える移動を頭は分かっていても心が理解しない.もしかしたらボクと母が降り立つのは,夢の国の湿原なのかも知れない.


 

この国に棲むタンチョウを撮影しようと,超望遠レンズを担いだカメラマンが世界中から集まってくる.母も20年前,カメラクラブに所属していた頃にそれを熱望したが機会のないまま時は流れた.


 

父の持病が悪化して,母に介護の負担がかかり始めた今年,ボクと妻は,母の夢を実現することを決めた.それは,毎年この時期に仕事のピークが来るボクたちにとっては大きな決断だった.母は元気だが,足腰が弱ってきている.雪と氷を踏み分けてタンチョウを撮影しようとすれば,ボク以外に連れて行ける人間はいない.


朝昼晩と注射や測定の必要な父の面倒は妻が見る.日曜はふだん二人でこなす休日出勤に妻がひとりで出かけなくてはならないので,さらに弟が前夜から泊まりに来た.まさに親族を挙げてのサポートを受けた母にとっても,足下に迫る湿原は20年来の夢の国に他ならない.


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