09/夫婦ツル

Feb, 2009

タンチョウを探すのは,前日と違ってわけもない.車の停まっているところポイントあり.「あ!あそこ,ツルキチ発見!」降りて見ると,なるほどみんなよくご存知.

 

飛翔コースや雪裡川を一望する丘.


 

コッタロ湿原をゆうゆうと舞うタンチョウ.


中にはタクシーをチャーターして回っている人もいる.

「冷泉橋で,もう一度汽車を待とうよ.」

と言い出したのは母だった.

 

「ま,オレはどっちでもいいんだけどね.」
「ふふん」
「な,何だよ,その笑い方は.」


 

結局,SLのリベンジ撮影をし,市内まで前日に食べ損ねたご当地カレーも食べに行ったので,ちょうど湿原を時計回りに一周するようにして,午後再び鶴居村に戻った.

阿寒町の餌付け場では,トウモロコシの他に生魚を撒いているので,ワシなどの猛禽もやってくるそうだ.タンチョウたちがそれを威嚇するために大きなアクションをするので人気らしい.だけどちょっとボクたちの好みではない.


やっぱり…

「最後はもう一回,Iサンクチュアリに行こう.」

と言うことで話がまとまった.ボクも母も初めてタンチョウの群れに出会った前日の感動が忘れられないのだ.

 

Iサンクチュアリに向かう牧草地(と言っても,今は一面の雪だが)に,つがいのタンチョウが遊んでいる.車を降りてカメラを構えても人に慣れているのか逃げない.数十分間,雪原にボクと母と2羽のタンチョウだけだった.


 

時々通るカメラマンの車は見向きもしないで通り過ぎる.雄が「アシカン」だからである.「アシカン」とは足環のことで,保護団体が生息調査のためにつけたものだ.ツル撮りカメラマンの間では,どんなにいい写真でも「アシカン」のツルでは「価値がない」のだそうだ.だから,絶景に遊ぶこの夫婦の写真を撮ろうとするカメラマンはいない.

 

でもボクと母にとっては価値なんかどうでもよい.手の届くような距離で戯れているツルがかわいい.

ツルは千年と言われるが,現在タンチョウの寿命は19年となっているそうだ.「現在」というのは調査のために足環をしたつがいが今19才だからだ.そのつがいが来年も元気なら,ツルの寿命も20年になるわけで,生態の調査はまだ端緒だ.生息数は,ある日のある時間,調査員やボランティアが周辺のねぐらや餌場などに散って,一斉にカウントするという.

「ほーっほーっ!ほーっほーっ!」

まったりとした夫婦の様子にしびれを切らした母が奇声を上げて踊りを促した.ツルの夫婦は面倒そうに羽をばたつかせて遠ざかり,やがて空に飛び立った.

「あ,オフクロ.ダメじゃん.」
「ほーっほーっ!」
「何だい,それ.」
「ツルの鳴きまね」
「オレはまた,首を絞められたチンパンジーの声かと思ったよ.」

午前中にもこのチンパンジーが,湿原を散歩する鹿を追い散らしてシャッターチャンスを台無しにした.

日が傾き始めた頃,ボクたちは三たびIサンクチュアリを訪れて,ツルたちのダンスを飽きずに眺めた.

 

ツルは生涯,つがいを変えない.だから鳴き交わして踊るのは夫婦である.専門家でも外見だけでは雌雄の区別は難しいそうだ.が,10分も眺めていれば,誰にでもつがいの性別はわかるようになる.鳴き交わすとき,必ず,まずオスが高い声で「コー」と鳴き,メスが「カッカッ」と低く応えるからだ.

「コー,カッカッ」の三拍子はやがてワルツになる.オスが羽を広げて誘うと,夫婦は優雅に舞い踊りながら近づき,愛を確かめ合う.すれ違うときに,メスが反らした首のなんとせつなく美しいことだろう.


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