Apr.4th, 2019
12.陽気なウェルシュ
ボクは迷っていた。今回のルートでボクが最も期待していたスノードニア国立公園の絶景が重たい曇天の中。
このまま南ウェールズに抜けると国立公園を外れてしまう。
峠に小規模ながら炭鉱あり。南ウェールズには「ラピュタ」に出てくる炭鉱のモデルになった町があると聞く。あの活気あふれる町が現存するなら訪ねてみたい。
ここスノードニアで天気の回復を待てば南に縦断する余裕はなくなるだろう。
進むべきか留まるべきか…。
とりあえずお腹がすいたのでスパでウェルシュケーキを買って食べながら考えよう。
あした午前中の天気予報は快晴。
よし!!
スノードニアに留まることを決めた。北岸に戻るべく,来た道とは別の峠を越えた。一般道はたいていどこも制限速度が96km/h。うかうかしてるとあおられる。だが峠ならこっちのもの。右ハンドルだからダブルクラッチもヒルアンドトウも体が覚えてるぜー(笑)
ウェールズ北西部のカーナーヴォンにシータが幽閉された城のモデルがある。遅くなったがその城を目指していた。ところが町に近づくと金曜の通勤時間だったからか道路が大渋滞している。とてもこれからの時間で城にアクセスすることは難しそうだ。
せめてどこかカーナーヴォン城を遠くから撮れるところはないかな。
ドレミの出番である。iPhoneの地図アプリを見ながらラリーさながらのナビゲーションが始まる。渋滞する幹線道路を何度か横切り,すれ違いが困難なほどの間道を使って,森や農場を突破する。後部座席で義母が目を回している。
「あそこを右!!」
いきなり川を隔ててカーナーヴォン城を臨む丘の上に出た。
さらに土手に下りる道を下った。
1283年にウェールズを征服したイングランド王エドワード1世がこの地に都市を開いた。カーナーヴォン城はその拠点となったようだ。
港には小さな漁船がたくさん係留されていた。ウェールズは三方を海に囲まれていながら漁業が盛んではないらしい。海岸の海鮮に期待するボクにイアンは言ったものだ。
「ウェールズ人は魚を食べないから,アイリッシュ海の魚はみんなスペインやポルトガルの漁師が漁っていく。」
愛すべき義従弟の話。真偽のほどは不明である。
スランディノというビーチリゾートに宿を予約していた。ここまで戻った理由は二つある。まずは国立公園内の町にある宿が予算内にひとつもヒットしなかったことだ。今にして思えば春を待ち望んでいたハイカーの泊り客で満室のところが多かったのではないかと思われる。カーナーヴォンの渋滞も同じ理由かもしれない。かくて北の海岸の町から探さざるを得なくなった。ここでも苦戦した。もっとも苦戦したのはボクではなくドレミである。ボクは「(スノードニアに)留まる!」と決断しただけであとはドレミの担当である。
リゾートと言ってもオフシーズンなので料金は3人で12500円。軒並み示し合わせたように12500円は十分予算内なのだが苦戦の第二の原因は現金である。キャッシュレス時代に対応してボクたちも宿や各種入場料などはカード払いすることが多くなっている。ところが今回はしこたまポンドが懐にあるのだ。
…そう,例の寅さん代である。
これは残りの旅程の中で使い切りたいところであったが現金では予約時に決済できない。海外の個人旅行においては昨今,クレジットカードはときにパスポートより身分を証明する。ホテルの予約サイトでは現金払いだと予約時に携帯番号の登録を求める宿も多い。1軒チャレンジしてみたがドレミのiPhoneは国番号が日本なので登録できなかった。現金で携帯番号なし…なかなか当日予約できる宿は限られてくる。
「あ!!この宿!!」
「どうした?」
「ここだけ9500円だ!えい!ポチ!!」
ドレミの即決は正しい。行き当たりばったりの旅,ましてイレギュラーの宿泊地である。安いにはそれなりの理由があるはずだが,高いことがボクたちの求める条件に合っているとは限らない。無条件で探す限り,高くて不満が多いと精神的ダメージが大きい。不備があっても「安いんだから」という理由があれば立ち直れる。個人旅行の知恵である。
スランディノの海岸通りに出るとホテルのあまりに立派な佇まいに少々尻込みを覚えた。
おい,9万5千円の間違いじゃないだろうな。
隣りのホテルの名前があのチャッツワース(;^_^A
ボクたちのホテルは…。
ホワイトハウス(笑)
…ほ,ホントに9500円で大丈夫かな。
近づいてみるとハリボテ感満載だった。
フロント…こりゃ9500円だわ(笑)
海岸通りの路上が「専用無料駐車場」
17時以降はパーキングメーターが停まるらしい。予約サイトの違法表示すれすれである。
古びた内装をべったり覆う白ペンキとフロアシート。
公衆トイレの手洗いのような洗面台。
あははは。9500円。
でも窓の外だけはウォーターフロントのリゾートホテル。
砂浜に帽子屋がいた。
150年あまり昔,毎年この街に避暑に訪れていたオックスフォード大学の数学教授が,学寮長の三人娘にせがまれるまま即興で次女を主人公に作ったお話…それをここで物語に綴ったそうだ。
数学者の筆名はルイス・キャロル。スランディドノは「不思議の国のアリス誕生の地」だそうだ。
「レストランは7時きっかりで閉まる。どうぞお急ぎを。」
芝居じみたフロントのおじさんがドレミに言ったそうだ。7時ってあと20分しかないじゃん。ほとんどホテルのレストランの役割を果たしていない。…あきらめてパブを探しに町に出た。
繁華街まで少し歩いた。なんだかいい感じのこじゃれた店を見つけた。
お値段も手ごろだ。
どうやらこの店は観光客向けではなく地元の人たちでにぎわっている。
ドレミでもほとんど聞き取り不可能な訛りでそれと知れる。
そして店員も客も明るく気のいい人ばかりだった。
ボクたち三人の写真は頼んだわけではない。あちこちのテーブルの客に親しげに話しかけていたとなりのおばさんがいきなりボクたちにも笑いかけ,ドレミのiPhoneをよこせと手ぶりで言ったのだ。
おまけに真剣な顔でめちゃめちゃ連写するものだから三人ともやたら笑っている写真になった。
特定の係の人がテーブルにつかない。こういう店のチップの相場はどれくらいなのだろう。これまた人の好さそうな初老のカップルが回りのなじみ客と会話を交わしている。
あの紳士に聞いてみろ。
「えー!?ホントに?」
ドレミもその反応への興味に抗えなくなったらしい。カップルのテーブルに近づいて行った。
そっと紳士に問うと
「勘定書きをもらったら見せなさい。」
と言う。いや相場だけ教えて下されば…。
譲らない(笑)
仕方ないので言われた通りにすると
「〇〇£払って釣りはいいと言いなさい。」
と丁寧なご指導…ありがとうございます。期待通りのお節介ぶりである。陽気で気のいいウェールズの人びと。
程よい酔い心地。
いつものように「遠くへ行きたい」を唄いながら宿に帰る。
さてハリボテホテルにはまだオチがある。
外観だけ立派状態はお隣のチャッツワースホテルを始め軒並み似たり寄ったり。みんな12500円なのにウチだけ3000円安かったその秘密である。
灯りが点るとプア感がいっそう際立つホテルホワイトハウス。
9500円の秘密。それはフロント脇の奥にあった。
なんと7時に早じまいしたレストランがKARAOKEバーに変身!12時過ぎまで窓も震える大音響にだみ声金切り声。
ボクらの部屋はその真上。まいったまいった9500円
大音響の中でドレミが黙々と作業をしている。覗いてみるとこれ。久しぶりに現金支払いの多い今回の旅。なかなか額面がわからない小銭が貯まって仕方ない。これをスマホで撮影してコインの一覧表を作っていた。
やがてどちらからともなく倒れるように眠りについた。隣室の義母は早々に気配が消えていた。人間,疲れているときは大騒音のなかでも眠れることがわかった。