03/再会

Aug, 2006
レンタカーがない!!

約束の夏が近づき,ボクたちはアモイのことを調べ始めた。

アモイは福建省の南端,ちょうど台湾の対岸付近にある小さな島だが,古くから貿易港として栄えている。1984年には経済特区に指定され,外資も進出して日本企業も多い。旅好きな人より,商社で働いている人の方がよく知っていたりする町だ。

「都会じゃん…」

「いいじゃない。アモイからレンタカーであちこち行こうよ。」

むろんそのつもりでレンタカーのHPにアクセスしたがアモイに営業所がない…どころか中国のどの都市にもない。

「うそだろ」

調べるうちに大変なことがわかった。

中国はジュネーブ条約を批准していない。つまり国際免許証が使えないかも知れないのだ。レンタカーの営業所が見つからないわけだ。元気だとはいえ年寄りの両親を連れて車が使えないのは辛い。何とかならないかと,日本語や英語で案内のあるアモイの企業のHPをいくつか見るとレンタカーはあることはあるが日本からの旅行者には運転手つきでの利用を勧めている。

唯一メールが通じている洪さんのお兄さんに英語と日本語で相談してみた。返信は日本語で

「すべてまかせてください。」

だった。

なぜか関空

仕事が夏休みになって出発には一日の余裕があった。つらいのはこの春に飼い始めたゴールデンレトリバーのタローを預けることだ。赤ちゃんに恵まれなかったボクたち夫婦は初めて飼ったこの犬を溺愛していた。ボクたちもタロー自身も24時間いっしょにいるのが自然になってしまった。まだ子犬のタローに一週間以上の留守番ができるのだろうか。


夕方を待っていつもの散歩コースを少しゆっくり歩いてからシャンプーした。ペットホテルはもうタローもいっしょに下見してある。犬を安心させるために,「さりげなく別れてください」と,本に書いてあったのでその通りにした。タローはブンブン尻尾をふりながら,キレイなおねえさん店員のあとについて,振り向きもせず部屋に入ってしまった。

翌朝,暗いうちにゴイックさんがワゴン車で迎えにきた。代々木上原の駅でドレミの母まちこさんと待ち合わせて中央高速に入った。まちこさんはかつて新宿の病院に勤めていて,洪さんの産院探しに奔走してくれたので,許さんから「ぜひ,ごいっしょに。」と招待されていた。

中央高速を西に向かう。成田とは反対方向だ。

実は夏休みのこの時期,成田発着のJALでアモイに飛ぶと結構費用がかかる。いろいろと調べているうちに関空からは厦門航空(XIAMEN AIRLINE)という聞いたこともない航空会社の直行便があり15000円も安い。今回6人の団体なので9万円,大阪までの高速代とガソリン代をさしひいても一人一万円はお得になる計算だ。


XIAMEN AIRLINE 迷わず大阪行きを決めた。往復の手間は計算から欠落している。我ながら常識外れの発想だが,ドレミは慣れているので,淡々と予定を組み始める。ゴイックさんは

「ふーん。にやにや(shuちゃんらしいや)。」

という反応。母に至っては

「関西旅行もできる♪関空も見られる♪」

と大喜びで,我が家族ではこういう面白い企画が実現していく。


八ヶ岳の夜明け


八ヶ岳で夜が明け父と母を乗せた。中央高速は諏訪湖で鋭角に向きを南西に変える。赤石山脈(南アルプス)を迂回して木曽山脈(中央アルプス)との間をたどるからだ。これだけでもう十分旅である。名古屋から24号のバイパスを西に進む。ボクのお気に入りの道だ。レストランで昼食をとっていると,母が持参した桃を切って配り始めた。あまりにもおおっぴらなので店員さんもあきれるばかりだ。


「おふくろぉー,かっこ悪いからやめてくれよぉ。」

関空には予定よりずいぶん早く着いた。予約していた駐車場にその旨を電話すると,人をやりくりして早めに迎えにきてくれた。

「お忙しいのに無理をお願いして申し訳ありません。」

「何をおっしゃいますやら」



…この「何をおっしゃいますやら」が絶妙だった。はるばる700kmのドライブはこの一言で報われた。


オレンジの光

出発を待つ間にペットホテルに電話をかけた。

「ご心配なく。とってもいい子にしてますよ。」
「そ,そうですか。すみません。電話口まで」

…タローを連れて来て声を聞かせてもらえませんか?と言おうとしたが,ドレミに電話を取り上げられた。

「何でもありません。どうかよろしくお願いします。」

そう言ってドレミが電話を切ってしまった。

「えーん。タロー,元気でね。」


アモイ航空CXA001便は「整備のため一時間半出発が遅れます。」と案内が流れた。空港に迎えに来ているはずの許さんたちに連絡する方法はない。向こうでも同じ案内が流れているだろう。



夕日を追うように一気に南西に飛んだCXA001便の下にオレンジ色の光が一面に広がっているのが見えた。飛行機はその光に吸い込まれるように,左に旋回しながら機首を下げていく。

冒険旅行の始まりだ。


荷物を受け取って外に出ると,小柄な洪さんが出迎えの人込みでぴょんぴょん跳ねているのが見えた。ボクもドレミも跳びはねた。母が走って行って,洪さんと抱き合い,二人はわあわあと声をあげて泣いた。

「オカサン,オカサン!」
「うんうん」

いつまでもいつまでも泣いた。

ガラス越しのお別れから一年がたっていた。そして千住のアパートで約束した日時からは1日と10時間遅刻した。でも…

「約束通り,会いにきたよ。」


アモイ国際空港


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