05/土楼

Aug, 2006
永定


観光客目当ての食堂が軒を連ねている前に車を停めて,洪兄と許さんが何やら聞きに行った。ふだんならドレミが指さし会話帳を片手に大汗をかく場面だが今回はすることがない。



←饗飲・客房
低消費・高享受
あはは,読める読める。


みんなと一緒に,伏せた大籠の中にいるニワトリと遊んでいた。ゴイックさんは僅かな時間に土楼の入口まで行って「かこママ,写真撮れるよ」と,母を呼びにきた。母も走ろうとして,許さんに止められた。この店でお昼にすることになったという。食事をすれば,目的地の土楼まで案内してもらうという条件で折り合ったらしい。


駐車場の脇に鳥小屋がある。ドレミが心配する。

「ニワトリさん,暑くない?」
「日本語,通じるの?」

まちこさんの言うことはもっともである。


さあ,本場で初めての中国料理は,かなりディープな田舎料理からということになった。客用のテーブルは2階3階になっていて,窓からは土楼が眺められる。ちょうど西伊豆あたりの漁港にある磯料理の食堂と雰囲気が似ている。


食堂の窓から



もちろんメニューを見てもちんぷんかんぷんなので,料理を待つ間にもう一度,通りの雰囲気を撮影しようと思って席を立った。外に出ると,さっき遊んでいたニワトリが店先でまさに首をはねられるところだった。メインはチキン料理らしい。素材の新鮮さも漁港の磯料理級だが,魚もトリも直方体でトレーに乗っているものしか見ることがないボクにはちょっと刺激が強すぎる。



料理の味はやはり薄味で,ジャンや唐辛子の強い味も胡麻油の香りもない。四川や北京の味とはずいぶん違う。許さんたちも初めてで

「アモイノアジトハチガウネ」


と言う。もっとも彼らの故郷はアモイより北の南平という町だ。覚えていられないほど,いろいろな料理が次々と運ばれた。これでいかほどだったのか知りたいところだが,費用問題が解決していないので聞きづらい。

満腹して車に乗り込むと,さっきまでそのヘンを走り回って遊んでいた幼児が,許さんの膝の上にちょこんと乗ってきた。どうやらこの子が案内人らしい。本当にこんな小さい子で大丈夫何だろうか。

大丈夫だった。

最後に通った町まで降りて,さっきは左折した交差点を曲がらずに直進していれば一本道だったのだ。案内人の役割は間違えようのない交差点でただ一言「左」というだけだった。

じりじりと夏の太陽が地面を焦がさんばかりに照り付ける。観光客も少ないのか広い駐車場はがらんとしている。幼児はパラソルの下にいる駐車場の管理人に顔を出してからあたりで遊び始めた。管理人が食堂を探している観光客を斡旋するまで待つのだそうだ。


土楼の村

土楼は圧巻だった。

外敵の侵入を許さない石の壁に囲まれさらに円形の建物自体も要塞のような石垣を外壁にしている。内部は水回りなどの共同スペースを中心に,3階建の回廊が巡り外側が居住スペースになっている。江戸時代の長屋が丸く作られているイメージだ。家屋の1階部分には共同の作業部屋も見られる。

 



今でもいくつかの家族が暮らしている→


かつては数十世帯が共同生活をしたそうだが今も住民がいる。白川郷と同じ現役の世界遺産だ。土楼を見下ろす丘までの散歩コースをたどると人の住むミニ土楼が点在していた。

太陽はやたらに照り付けて洪兄が疲れ気味のようで心配だ。喉が渇いたけれどどうやらこの辺の人たちには暑いときに冷たいものをプハーっと飲む習慣がない。

ゴイックさんがどうしても

「アイスを食べよう」

と言って,みんなでお店を探したが氷さえ売っていない。ぬるくなったペットボトルの水と竜眼で渇きを癒すしかなかった。

峠を越えて高速に入る頃になると洪兄の疲れはピークになった。もはや運転はムリだ。

「許さん,免許は?」
「チョット,イソガシカッタヨ。マダ,ナイネ。」

彼は帰国するとき「みんなが来るときまでに免許を取る」と言っていた手前照れ臭そうに頭をかいた。


「オレが代わろう。アモイまでまだ2時間はかかるから洪兄には,市内に入るまで寝てもらう。」

国際免許証は大型免許まで申請してきたけど果たしてここで効くのだろうか。とりあえず高速だし交通量はいたって少ない。ボクのそんな心配をよそに助手席では母が大はしゃぎしている。


車は一面のバナナ畑の中を,夕日を背に浴びてゆく。

海鮮

アモイ市内に入る手前のガソリンスタンドで運転を交代した。洪兄はすっかり元気になった。寝不足で炎天下を歩いたのが原因だったのだろう。夕食は港に近い海鮮食堂だ。料理はこの通り。

これも味はとても控え目で舌自慢のボクでも調味料やスパイスをなかなか特定できない。よく言えば素材の味を生かした,悪く言えばパンチが効いていない。和食で薄味と言えば,代わりに山椒や山葵などのハーブやスパイスをつんと効かせるものだ。それに慣れたボクたちにはどうも気のぬけた感が否めない。ドレミがちらちらとボクの顔を窺う。感想を待っているのだ。味音痴の彼女にとって,このように初めての味はボクが旨いと言えば美味しく,まずいと言えばまずくなる。ボクの責任は重い。決して味が悪いわけではないので「上品な味だな」という感想にした。この一言で,彼女の舌の上ではたちまち海老もお魚も雅やかなテイストを醸しているだろう。


ホテルに送ってもらうと,ボクたちの部屋はビーチに近いエリアにある小さな別棟に移っていた。小さいと言っても石造りの邸宅のような棟で,それぞれに数部屋ずつしかない。その棟が,芝生と熱帯植物を丁寧に植えて整備されている庭園に,かなりの距離を置いて点在している。ゆったりとうねる道路には電気自動車が客や荷物を送迎している。


「ホントハ,キノウカラ,コッチニ,シタカッタヨ。ケド,アイテナカッタネ。」

許さんはそう言いながら荷物を下ろして車に戻った。

「ジャ,アシタハ,9ジネ。」

いかん。このままでは旅行中ずっとリゾートホテルになってしまう。アモイ滞在中はもう仕方なしとして,早急に旅費問題を解決し,せめて泉州行きの旅は町の雰囲気を感じられる宿にしてもらわないと…。


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